②【2025年改正】育児・介護休業法|私は育休のツールを自作した。介護のツールは、作らなかった。
2025年、育児・介護休業法が改正されました。育児の制度が広がり、介護については、会社が本人に説明する義務を負いました。
でも、この記事で書きたいのは、改正の中身そのものではありません。
同じ一つの法律の中で、育児と介護に、はっきりした差があること。その差を、私は社労士事務所にいた5年間、自分の手で見ていたこと。その話です。
私は、育休の管理ツールを自作していた
社労士として、育児休業の手続きは、何度もやりました。
育児休業給付金は、2か月に1回、申請が必要です。これを遅らせるわけにはいきません。たくさんの申請を処理する中で自分の担当分が後回しになると、受給の時期がずれて、その人の生活の支えが遅れてしまう。だから、人事部のある会社にはその部署へ、ない会社には社長か担当者へ、「育休に入ったらすぐ私に連絡してください」と、繰り返しお願いしていました。
それを何度もやるので、私は育児休業者を管理するツールを、自分で作って回していました。誰が、いつから、次の申請はいつか。手作業では追いきれない量だったからです。
そして――介護休業のほうは、そのツールを作った記憶が、ありません。一度あったか、なかったか。それすら、はっきりしないんです。
ツールを自作するほど来た育児と、ツールがそもそも要らなかった介護。私の手元にあった道具の差が、そのまま、二つの制度の使われ方の差でした。
これは、私の事務所がたまたまそうだった、という話ではありませんでした。厚生労働省の調査(令和6年度雇用均等基本調査)でも、育児休業を取った男性は40.5%、女性は86.6%。一方、介護休業を取った人は、常用労働者全体で0.10%です。1000人の職場で、1年に1人。育児と介護で、400倍の差があります。
私の手元の偏りは、日本全体の偏りでした。
育児だって、教わって初めて使えた
ここで、育児の側の話をします。育児は「うまくいっている側」に見えます。でも、その中身も、そう単純ではありません。
私自身の話です。今の職場で、子の看護休暇を使っています。下の子は保育園の年長で、風邪やウイルスをしょっちゅうもらってきます。この休暇に、何度も助けられました。
ただ、私がこの制度をちゃんと使えたのは、教えてくれる人がいたからです。
「うちの会社には、こういう制度があるよ」と、就業規則を印刷して手渡してくれたのは、私の上司でした。私は元々、制度を知ってはいました。それでも、自分の会社の規定がどうなっているかを紙で渡してもらったとき、正直、嬉しかったんです。
私は労務の専門家です。その私ですら、誰かが一歩踏み込んで教えてくれることの重さを、そのとき実感しました。
知っている私でそうなんです。知らない人にとって、「教えてくれる誰か」がいるかどうかは、制度が使えるか使えないかの、分かれ道になります。
育児が40%まで来たのは、制度が良くできているからだけではありません。私の上司のように、教えてくれる人が、それなりにいたからです。
介護には、その人が、いません。
制度も、育児のほうを向いている
「教えてくれる人がいるかどうか」だけの話ではありません。制度の作り自体が、育児に手厚く、介護には、そこまでではないんです。
一つだけ、はっきりした例をあげます。休んでいる間のお金です。
育児休業を取ると、健康保険と厚生年金の保険料が、本人の分も会社の分も、全額免除されます。介護休業には、この免除がありません。同じ「家族のために仕事を休む」でも、育児なら保険料が浮いて、介護なら浮かない。手取りの重さが、違います。
制度は、育児のほうを向いている。私が5年間、手続きの量で感じていたことは、制度の設計にも、最初から書き込まれていました。
(制度の細かい要件は、この記事の本筋から外れるので省きます。必要な方は、記事の最後に相談先を置いておきます。)
それでも、制度の意味までは考えていなかった
ここからは、私自身の、あまり格好のよくない話です。
制度の趣旨や目的なら、知識としては知っていました。社労士試験の勉強で、法律の目的条文を、何度も読みました。この制度が何のためにあるか、書けと言われれば、書けたと思います。
でも、実務に入ると、目の前の手続きの管理が大変で、頭の中には、締切と書類のことしかありませんでした。制度の意味は、頭の隅っこにはあった。でも、真ん中にはなかった。
趣旨を知らなくても、手続きは完成します。様式があって、記入欄があって、添付書類が決まっている。だから趣旨は「知らなくてもいい情報」になり、締切に追われた私の中で、いちばん端に追いやられていました。
制度を回す人間が、その制度が誰のためにあるかを、真ん中に置いていない。私がそうでした。
そして2025年の改正で、国が介護についてやったことは、新しい制度を作ることではありませんでした。「制度があることを、会社から本人に伝えなさい」と、義務にしたんです。制度はもう十分ある。足りないのは、それが本人に届いていないこと――国も、そう見ているということです。
ただ、正直に書けば、伝えれば届くのかは、分かりません。会社に義務ができても、40歳の社員にパンフレットが一枚配られて終わり、ということは、十分に起こりえます。私自身が、趣旨を端に置いたまま手続きだけ回していた人間なので、なおさらそう思います。
ある日、電話が鳴った
社労士をしていたころ、頻繁に連絡をくれる人がいました。中小企業で、人事や労務を一人で担っていた方です。労務のことも、経営周りのことも、何かあるとすぐ電話をくれる。私を、頼ってくれていました。
ある日、また電話が鳴りました。いつもの労務相談か、経営の話だろうと思って出ました。
でも、声のトーンが、明らかに違いました。
「この度、退職することになりました」
そして、これまでのお礼を、言われました。
私は、驚きとショックで、気の利いた言葉を何も返せませんでした。理由を聞ける立場でもありませんでした。最後に交わしたのは、「私の手続きを、よろしくお願いします」という一言だったと思います。そのあとは、退職に伴う手続きのやりとりだけになりました。
退職の理由は、今も分かりません。介護だったのかどうかも、分かりません。ただ、あれは相談ではなく、報告でした。何かを決めたあとの電話でした。制度が入り込める時間は、その電話が鳴るずっと前に、終わっていたんだと思います。
私は、あの人に、何も渡せませんでした。上司が私に就業規則を手渡してくれたようには、私は、あの人に何も手渡せなかった。
最後に
介護休業は、1000人に1人しか使いません。その1人になる手前で、たくさんの人が、黙って辞めていきます。数字にも、記録にも残らないまま。
私が電話で聞いた「退職します」の、その一つひとつが、もしかしたらそうだったのかもしれない。今となっては、確かめようがありません。
だから、この記事に、劇的な結論はありません。「介護休業を使いましょう」とも書きません。使えないまま辞めていく人が、それだけ多いことを、私は数字と、自分の記憶の両方で知っているからです。
ただ、一つだけ。
私は、子の看護休暇のことを、上司が紙に印刷して教えてくれました。だから使えました。制度は、教えてくれる人がいて、初めて届きます。
あなたが介護に直面したとき、あるいは、あなたの隣の人がそうなったとき。制度は、たぶん誰も教えてくれません。だから、これだけ覚えておいてください。
介護休業という制度が、ある。通算93日まで、3回に分けて取れて、休んでいる間は雇用保険からお金も出る。会社に規定がなくても、法律上の権利としてある。
そして、相談先は、目的で分かれます。制度のことを知りたい、育休や介護休業を取らせてもらえない――これは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)へ。労働者でも事業主でも、誰でも相談できます。親が倒れた、介護そのものをどうすればいい――これは、市区町村の地域包括支援センターへ。あなたの住所ではなく、介護される親の住所の地域が窓口です(厚生労働省の介護サービス情報公表システム kaigokensaku.mhlw.go.jp で探せます)。
使うかどうかは、その次の話です。まず、「ある」ことを知っておく。私が5年間、手続きを回しながら、ほとんど誰にも渡せなかったものを、ここに置いておきます。
せめて、あなたが、隣の人に渡せる人になってくれたら。私が、あの電話で渡せなかったものを。
労務の専門家(裏付けで社労士事務所5年・30社以上)
出典
・厚生労働省「令和6年度雇用均等基本調査」(育児・介護休業の取得率、事業所の制度規定状況)
・総務省「令和4年就業構造基本調査」(介護をしながら働く人の数、介護離職者数)
・健康保険法159条、厚生年金保険法81条の2(育児休業中の社会保険料免除)
・育児・介護休業法および令和6年改正(2025年4月・10月施行)/厚生労働省「育児・介護休業法について」
本記事は制度の一般的な解説と、筆者自身の体験に基づく個人の見解です。個別の判断は、厚生労働省・お近くの労働局・市区町村の窓口でご確認ください。
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