【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十八話)
【前回までのあらすじ】
王子とシュバルツは夜の城を慎重に進み、使用人の見回りを間一髪でやり過ごす。咄嗟に王子をかばったシュバルツの意外な頼もしさに、王子は少しずつ信頼を深めていった。そんな中、シュバルツは王子の姿に先王の面影を見る。父を思い出すまいとしてきた王子だったが、その言葉をきっかけに封じていた記憶が胸の奥から静かに蘇り始めるのだった。
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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第十八話
あれは私が五歳かそこらで、あの男をまだ父と呼んでいた頃の話である――。
当時、一人部屋を充てがわれたばかりだった私にとって、夜はできれば来てほしくない時間だった。窓の外で揺れる木々の影は、闇の中で蠢く怪物のように見えたし、どこからともなく聞こえてくる獣の遠吠えは、孤独に慣れていない私にとって恐怖以外の何物でもなかった。
その夜も、私は布団に頭の先まで潜り込んで、耳を塞ぎ、目をつむっていた。
それでも頭の中で轟々と響く嵐のような音と、早くなっていく心臓の鼓動が、私の眠気を否応なく奪っていく。
ふと部屋の扉の向こうから、何かが擦れるような物音が聞こえた。誰かが廊下を歩いているのだろうか。でも、こんな時間に一体誰が……。
お化けや幽霊の類だったらどうしようかという不安を感じながらも、扉の先が気になってベッドから降りる。
ゆっくりと扉に近づき、ピタリと耳を当てた。扉の向こうからは、ザッ、ザッ、と床を擦るように歩く足跡が聞こえてくる。
使用人が履いている靴の音とも少し違う。私は恐る恐る扉を押し、僅かに開いた隙間から外を覗いた。
薄暗い廊下の先に、背中を丸めた人影が歩いているのが見えた。夜着の上から無造作に上着を羽織っただけの姿だったが、私にはそれが父の背中だとすぐに分かった。
「父上?」
私が扉の隙間から声をかけると、父は「うわっ!」と飛び上がるように驚きながらオドオドと振り返った。
「なんだ、起きてたのか……」
私はコクリと首だけで返事をする。
「どこ行くの?」
私が尋ねると、父はバツが悪そうに頭をポリポリと掻いた。
「ちょっと夜の散歩だ――」
そして悪戯を思いついた子供のような笑顔を作ってみせた。
「お前も来るか?」
私は父の誘いに迷わず頷いた。このまま一人でいるよりは、そちらの方がいい。
父の後ろにピタリとくっついて、夜の城内を歩く。腰をかがめて隠れるように歩きながら、父は「ヴァルドには絶対にバレちゃいけない」と忠告をした。
その至って真剣な表情にただならぬものを感じて、私も父の顔を見上げながら「分かった」と何度も小刻みに頷いた。
ずっと心臓を握られているような緊張感のなかで何とか城の裏門を抜け、私と父は城下町に続く石畳を降りていった。
この時間に城の外に出るのは初めてだった。遠くで狼の遠吠えが聞こえ、思わず父の上着にしがみつく。
父は「なんだ、どうした」と笑いながら振り返り、私の頭を優しく撫でた。
大きくて温かい手だった。
「あの鳴き声が怖いんだ……」
私がそう言うと、父は私の目の前に屈んで目線を合わせた。
「大丈夫。狼はここまで降りてはこないさ」
その言葉に私は妙に安心した。父がそう言うのなら本当にそうなのだろう。
城下町は昼間の賑わいごと、家のなかにしまい込んでしまったかのように静かだった。
街の灯りもほとんど消え、ぼんやりとした月の光が青白く世界を照らしている。
父は行く場所が決まっているように、迷うことなく歩みを進める。細い路地を入った先で、ぽつんと一軒だけ温かい灯りのともる建物があった。
静かな夜の街のなかにガヤガヤと賑やかな喧騒が響いていた。それは昼の街に感じる活気とはまた少し違う、体の真ん中をじわじわと温めるような賑わいだった。
掌編『魔法の解かれた先で』
第十九話に続く→
第十八話のご拝読
ありがとうございます✨️
(投稿時間が遅くなってしまい、申し訳ありません😣)
【あてにならない次回の見どころ👀】
幼い王子が見た父の姿。それは王子にとってなぜか思い出したくない姿。
📔第十九話の更新は
6/12(金)19:30を予定しています。
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