【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十七話)
【前回までのあらすじ】
王子とシュバルツは、ついに城からの脱出を実行に移す。旅立ちを前に不安を覚える王子だったが、ふと父が舞踏会の夜に残した片方のゴムサンダルを思い出し、荷物へ忍ばせる。それが何を意味するのか自分でも分からぬまま、二人は未知の旅路への覚悟を固めるのだった。
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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第十七話
城の廊下はしんと静まり返っていた。
体を動かすたびに服の表面が擦れ、カサカサと小さな音が城内に霧散するように広がる。そのたびに誰かに気づかれるのではないかという不安が背中をそっと撫で、思わず後ろを振り返ってしまう。
まるで盗賊にでもなった気分だ。シュバルツの数歩後ろをひそひそと歩きながら、彼の後ろ姿を眺める。
いつも緩めのローブを羽織っているために気づかなかったが、改めて間近で見ると、元衛兵というだけあってその体つきは意外とがっしりとしていた。いつものどこか間の抜けた雰囲気が彼を小さく見せていたのかもしれないが、今日は何だかとても頼もしく思える。
考えてみれば、こうして夜更けに部屋の外に出るのはどれくらいぶりだろうか。シュバルツの背中を前に、ふと思い出してはいけない何かが記憶の奥底から湧き上がってくるような嫌な心地がして、蹴散らすように頭を振って紛らわす。
薄暗い廊下を慎重に進んでいくと、目の前に突き当たりが見えた。あの先を曲がれば階段室がある。そこから下の階にさえ降りてしまえば、人の目につくリスクは一気に少なくなるはずだ。
その時、突き当たりの壁にぼんやりと灯りが揺れるのが見えた。どうやら使用人の見回りらしい。こんな遅い時間まで大変なものだと思っていると、急にシュバルツの腕が私の肩へ伸び、ぐっと体が引き寄せられた。
「ひっ!」
声を出しそうになるのを思わず両手で口を塞ぐ。そのまま背中から倒れ込むようにしてシュバルツの懐へと収まった。
あまりにも突然のことに私が悪態をつきそうになると、シュバルツは「シッ」と口の前に人差し指を立てて言葉を制した。
壁に張り付くようにして使用人が過ぎ去るのを待つ。靴音とともに灯りの輪郭は徐々に大きくなっていき、同時に私の心臓の鼓動も大きくなる。突き当たりを使用人の影が滑るように通り過ぎ、階段室の方へと消えていく。生きた心地がしなかったが、幸い足音は頭上の方へと流れていった。
だが、まだ油断はできない。いつ踵を返して戻ってくるともしれない。足音が完全に消えるまで、私は息を潜めたままじっと耐え続けた。
再び廊下がしんと静まり返るのを待って、ようやく私もシュバルツもほっと胸をなで下ろした。
「一時はどうなることかと……」
シュバルツは囁き声でそう言いながら袖口で額の汗をぬぐう。もう片方の腕はまだ私の肩を抱えるように添えられていた。
「……シュバルツ、いつまでそうしているつもりだ」
私が静かにそう言うと、シュバルツは慌てた様子で腕を宙に持ち上げ、居場所を探すように虚空を彷徨わせた。
「し、失礼いたしました、殿下」
とは言え、シュバルツの咄嗟の行動がなければ、私は今ごろ使用人に見つかっていたかもしれない。そうなれば、当然ヴァルドへの報告は免れなかっただろう。
「……お前、意外と頼りになるな」
私がそう言うと、シュバルツがぽかんと口を開けたままピタリと動きを止める。
この私が褒めているというのに、なぜ止まるのだ――とそんなことを思っていると、シュバルツの表情がふんわりと和らぎ、柔らかい笑みを浮かべた。
「殿下、お父様そっくりですね――」
その言葉が耳に入った途端、眉間に思わず皺が寄るのが自分でも分かった。それを察してか、シュバルツが私をなだめるように続ける。
「いえ、その――お気を悪くされたのであれば申し訳ございません」
シュバルツが頭を下げる。私は「気にしていない」と嘘をついた。
「先王にも同じ言葉をかけていただいたことがあるもので、つい……」
シュバルツは言い訳のようにそう言った。その言葉は廊下を伝う残響のように、そっと私の胸へと染み込んでくる。
私は父にかけられた言葉などほとんど覚えていない。いや、必死に忘れようとしてきた――というのが正しいのかもしれない。
先ほど部屋を出た時に思い出しかけた過去が、鍵をかけたはずの記憶の箱から溢れるように流れてくるのだった。
掌編『魔法の解かれた先で』
第十八話に続く→
第十七話のご拝読
ありがとうございます✨️
【あてにならない次回の見どころ👀】
シュバルツの言葉が呼び起こした、王子の思い出したくなかった過去とは。
📔第十八話の更新は
6/11(木)19:30を予定しています。
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