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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十六話)

【前回までのあらすじ】

 旅立ちの準備を進める王子とシュバルツだったが、講義の時間を忘れていたことから危うく計画が露見しかける。慌てて書庫へ向かった王子は、普段通り講義を受けるものの心は北への旅に向いていた。そんな中、ヴァルドはシュバルツの頻繁な出入りに触れ、「変な気は起こされませぬよう」と意味深な忠告を残す。王子は計画を急がねばならないと強く感じるのだった。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第十六話

「殿下、準備はお済みですか」
 旅の道具が詰められた大きな荷物を両手で抱え、シュバルツが部屋の奥にある窓を明け放つ。夜の涼しい風が部屋の中へと吹き込んだ。
「本当にうまくいくのか?」
 ベッドの脇で荷物の口を閉じながら私はシュバルツに尋ねる。
 彼の計画はいたって簡単だった。とにかくこの大荷物を抱えたまま城の中を進むのは何かとリスクが高い。だが、幸いなことに私の部屋の真下には使用人が使用する勝手口があった。そこで、ひとまず窓から荷物だけを降ろし、身軽な状態で厨房まで降りていくことにしたのだ。

「この時間は誰も厨房には近づかないでしょう。それに――」
 シュバルツはロープに括りつけた荷物を持ち上げて窓の外に放ると、ゆっくりロープの端を降ろしながら、囁くように言った。
「厨房の鍵も古い南京錠ですから、ちょっといじってやれば簡単に開けられるはずです」
「なんともお粗末なもんだ」
 そんな簡単に鍵を破られていいのか、と内心呆れていると、窓の外でガサガサと草の揺れる音がした。どうやら荷物が地面に辿り着いたらしい。

「ふぅ」とシュバルツが小さく息を吐き、こちらを振り返る。
「さぁ、殿下の荷物もこちらへ――」
 シュバルツが私の方へすっと手を差し伸べる。彼に言われるまま詰め込んだ荷物は、私が思っていた旅支度の何倍もの量になっていた。
 ぐっと腰に力を入れて、体の半分ほどある荷物を持ち上げると、足元がもたつき思わず後ろによろけた。
「本当に北の街道までこれを担いで歩くのか?」
 私が尋ねると、シュバルツは小さく笑みを浮かべた。
「仕方がありません。どれも旅の途中で必要なものばかりです」

 荷物の肩掛けベルトを両手でぶら下げるように掴み、よたよたと窓の近くへ向かう。
 なぜだろう。胸の中に言いようのないモヤモヤが吹き溜まりのように淀んでいる。何か大切なものを忘れているような気がして、窓まであと数歩の所で立ち止まる。

 ただ単に未知の領域に足を踏み出すことへの不安と恐れがそうさせるのか。それとも……。

 シュバルツがすっと床に身を落とし、履物の紐を結び直す。結び目のひと締めにキュッと力が入るのを見ながら、私も思わず気の引き締まる思いがする。

 そこでふと『忘れているもの』の正体を思い出した。
「すまん、シュバルツ。少しだけ待ってくれ」
「どうかなさいましたか?」
 紐を結び終えて立ち上がったシュバルツが私に視線を向けながら言った。
 私は返事をせず、再びベッドの方へ向かう。視界の端でシュバルツが私の荷物に手をかける。

 私はベッドの脇に膝をつき、床との隙間へと手を伸ばした。感覚を頼りに奥を探ると、固く擦り切れたゴムの表面が指先に触れた。
 ベッドの下から引き出したのは、あの夜からずっと隠し持っていた片方だけのゴムサンダルだった。

 私はゴムサンダルをしばらく見つめたあと、シュバルツのもとに戻り、静かに荷物の中へと押し込んだ。
「それは……?」
 シュバルツが不思議そうに首を傾げる。私は荷物の口を閉じながら答えた。
「あの男の忘れ物だ」
 私はそれ以上何も言わなかった。それはきっと、私自身もこのサンダルを持っていくことに何の意味があるのか分かっていなかったからだろう。
 そして、シュバルツもそれを察してか何も聞き返してくることはなかった。

「――降ろしますよ」
 そう言ってシュバルツは、ロープに括り付けられた私の荷物を窓の外へと放り投げた。しばらくしてまたガサガサと草の音がする。

 それは私たちの脱出計画がもはや計画の域を脱した音だった。もう後戻りはできない。
 私はシュバルツと顔を見合わせ、互いに一度大きく頷きあった。この先に待ち受けるものの大きさなど知る由もなく――。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第十七話に続く


 第十六話のご拝読
 ありがとうございます✨️


【あてにならない次回の見どころ👀】
 王子とシュバルツは果たして無事に脱出できるのか!
 
※いつも次回予告を書きながら、次回予告通りにいった試しがなくてすみません😮‍💨

📔第十七話の更新は
6/10(水)19:30を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。