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【掌編】『魔法の解かれた先で』(第十五話)

【前回までのあらすじ】

 北への旅を決意した王子とシュバルツは、密かに旅支度を進める。だが王子は道のことも火の起こし方も知らず、自分がいかに城の外を知らないかを思い知る。世間知らずな王子に呆れながらも、シュバルツは頼もしく支え続けた。少し和やかな空気が流れる中、不意に部屋の扉が叩かれ、二人は思わず息を呑むのだった。

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※この物語はフィクションです。登場する人物および団体は、実在のものとは一切関係ありません。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 第十五話

 扉をノックする音に、私の体に思わず力がこもる。シュバルツもおどおどとした表情を浮かべてビクリと肩を跳ね上げる。
 机の上にはまだ旅支度の荷物が広がったままになっている。この状況を誰かに見られるのはヤバい。

「殿下、いらっしゃいますか?」
 扉の向こうから聞こえてきたのは、幸い使用人の声だった。こちらが許可をするまで部屋に入ってくることはない。
 シュバルツが息を潜めるように私を見る。私は小さく息を吸い込み、使用人に向けて言葉を放つ。
「あ、ああ……」
 返事をした声が思ったより上ずり、慌てて咳払いをする。
「い、今、着替えをしているのだ。その場で用件だけ聞こう」

 わずかな間をおいて、扉の向こうから声が返ってくる。
「ヴァルド様が書庫でお呼びです。本日は午後から講義のご予定が――」
 使用人の言葉も最後まで耳に入らず、私は壁の時計を見た。針の位置を確認した瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 講義時間をすでに十五分は過ぎている。旅の準備に夢中になりすぎて、すっかり頭から抜けていたらしい。
「す、すぐに行く」
 私は思わず立ち上がる。
「ヴァルドにもそう伝えておいてくれ」
「かしこまりました……」
 使用人の返事のあと、足音が静かに遠ざかっていく。

 私は深々と息を吐いた。シュバルツが何とも言えない顔をしている。
「これはまずいですね……」
「分かっている」
「怒っていますかね」
「怒っているだろうな……」
 シュバルツは少しだけ同情するような顔をした。その表情が何だか腹立たしくて、私は上着を掴むと足早に部屋を出た。

 書庫へ向かう廊下はいつもよりも長く感じられた。廊下を照らすランプの火が揺らぐ。
 重厚な木の扉を開くと、薄暗い室内にはいつものように本の匂いが満ちていた。机の向こうにはヴァルドの姿が見えた。いつものように本へと視線を落とし、イスに腰掛けている。

「ヴァルド、遅れてすまない……」
 予想はついていたが、私の姿を見てもヴァルドは何も言わなかった。ただ一度だけ、小さく咳払いをする。それが叱責の代わりだ。何のお咎めがないのも逆に居心地が悪い。

 私が静かに席へ着くと、いつもと何ら変わらない様子で講義が進んだ。
 王としての責務。税。外交。国境管理。
 音として耳には入っているはずなのに内容は全く理解ができなかった。意味が分からないのではない。別の思考にかき消されていくのだ。
 頭の中では、既に私の旅が始まっていた。大きな荷物を背負いながら、シュバルツと二人で北へ向かって道を進む。森を抜け、山を越え、その先に待つのはあの男の……。

 講義の終わり際、ヴァルドが本を手のなかでパタンと閉じながら静かに口を開いた。
「シュバルツが最近あなたの部屋によく出入りしているようですが……」
 思わず全身にゾクリと悪寒が走る。冷たい汗が背中を伝っていくのが分かった。頭の中の引き出しを引っ掻き回して慌てて返す言葉を探す。
「シュバルツは歳も近く話しやすいのだ。何か問題があるか……」
 答え方が合っていたかどうか確信が持てない。自分で聞きながら、声もずいぶんと震えていたように思う。
 ヴァルドは数秒間じっと私の目を見据えたまま、私の心のうちでも読むように黙り込んでいた。
 ここで目をそらしてはいけない。それこそ胸のうちに入り込まれてしまう。

「――そうですか」
 ヴァルドの視線が手元の本へと落ちるのを見届けて、ようやくホッと息をついて立ち上がる。一刻も早くこの部屋を出たかった。
 背中に、机の上を整理し始める音が小さく響く。その隙間を縫うようにしてヴァルドの低い声がすっと胸を突いた。
「くれぐれも――変な気は起こされませぬよう」
 声は私の胸を貫いて、はるか先まで飛んでいくような鋭い響きだった。ヴァルドはそれ以上何も言わなかった。
 私は「何のことだ」と小さく口にして、その返事を待つ隙も与えず書庫を後にする。

 書庫を出た私の足は、跳ね上がる心臓の脈動に似てひどく早かった。
 時間はない。一刻も早く実行に移さなければ、もう二度とこの城から出られないような気すらしていた。

掌編『魔法の解かれた先で』
 
第十六話に続く


 第十五話のご拝読
 ありがとうございます✨️

【次回の見どころ👀】
 その夜、王子とシュバルツは脱出を決行する。そこで二人が目にしたものとは。

📔第十六話の更新は
6/9(火)19:30を予定しています。

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結城斗永|掌編小説・詩のようなものを書きます✍🏻 私の物語は皆様からいただいた一杯の珈琲の味。 よろしければ応援よろしくお願いいたします。