第4話 ひとりで生きる限界を感じた日|私が全部背負う生き方をやめたとき
営業の仕事は、私にとって天職でした。
でも40歳を過ぎた頃から、体力の限界が静かに近づいてきました。
そして45歳のとき、私はその仕事を続けないという決断をしました。
私が働いていた営業の会社は、ブラックな会社でした。
早朝から夜中まで働き、時間外労働の賃金は無し。
でも色々な人と出会える営業の仕事は、大好きでした。
営業成績も、全国の営業職でトップ15にいつも入っていました。
40歳を過ぎると、長時間労働に体が悲鳴をあげるようになってきました。
ぎっくり腰に、メニエール病、病院へ通いながら仕事をこなしました。
45歳を前にして、体の限界を感じました。
もう無理でした。
私は営業が大好きで、天職だと感じていました。
お金に余裕があれば、他の営業会社へ転職することもできました。
しかし、同居していた母の浪費癖で、お金はいつもギリギリでした。
体は限界、お金もない。
子供は二人いましたが、もう少しで独立できる年齢になっていました。
大好きな営業を、辞める決心をしました。
「好きな仕事なら、続ければよかったのでは」
そう思う人もいるかもしれません。
でも当時の私には、体力も生活も、もう限界でした。
私の実家は、田舎で商売をしています。
「田舎に帰る」という選択肢もありました。
私の田舎では、学校卒業と同時に都会へ出ていきます。
田舎に戻る人は、負け犬だと思われていました。
ですから私にとっては、田舎に帰る=敗北と言う意味でした。
仕事も体力の限界で出来ない、田舎にも帰れない。
結果的に私は、再婚することを考えるようになりました。
営業を続けながら、再婚相手を探すために結婚相談所に行きました。
体力の限界と結婚相談所へのお金。
このまま悩み続けることの方が、私には怖く感じました。
だから私は、期限を決めて動くことにしました。
うまくいかなければ、別の人生を受け入れる。
その覚悟だけは、先に決めていました。
あの時、仕事を辞めると決めた決断は、「仕事」だけではありませんでした。
それまで、ずっと一人で戦ってきた生き方を、止める決断でした。
自分に鞭打って、無理を続ける生き方を、止めました。

今は主人と、海外旅行に行っています。
いまベトナムのホーチミンにいます。
けれど、ここにたどり着くまでには、何度も立ち止まり、覚悟を決めなければならない分岐点がありました。
この記事は、私の人生を振り返りながら書いている連載です。
離婚、貧困、母の借金、再婚、介護。
いろいろな出来事がありましたが、人生はいつからでも変えられると、今は思っています。
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人生はいつからでも変えられると、心から思えるようになるまで
毎週火曜日に記事を出します。
感じたことがあれば、
そっと教えてください。
静かに続けます。
また、ここで。
