自分の足で、立ち上がる——「言われたこと」をどう受け取るか

「なんでやらないの?」

つい、そんな言葉が口をついて出た。

朝陽(あさひ)は黙って俯いたまま、指先をいじっていた。目の前のプリントは、まだ半分も終わっていない。

「やろうって、朝に言ったよね? “わかった”って言ったよね?」

僕の声は、責めるように聞こえていたと思う。でも、そう聞こえてしまうのは、僕の中にどこか「やるって言ったんだから、やるのが当たり前」という思いがあったからだ。

朝陽は小さな声でつぶやいた。

「……言われたから、やろうと思ったけど、なんか気分がのらなかった」

その言葉に、僕はハッとした。

「言うことを聞きなさい」
「言われたことをやりなさい」

子どもの頃、僕も何度となく言われてきた言葉だ。

大人になって、社会に出て、会社の中でも同じような言葉を何度も聞いてきた。

「上司の指示に従って」
「決められたことはきちんと実行して」

でも、いつからだろう。「言うことを聞く」とか「言われたことをやる」という行為が、まるで“自分で考えていない人”のように扱われるようになったのは。

——あの人、指示待ちだよね。
——言われたことしかやらないんだよね。

そんな言葉が、どこかで“悪い評価”のように使われる場面を何度も見てきた。

でも、本当にそうだろうか?

「朝陽、やりなさい」って言ったとき、僕はきっと、彼女の中に“やろう”という意思が生まれることを願っていた。

つまり、“やらされる”のではなく、“自分でやる”と決めてほしかった。

でも、よく考えてみると、それってすごく難しいことだ。

言われたことを、自分ごとにする力。

それは、大人でも簡単にはできない。

たとえば、職場で「こうしてみよう」と誰かに言われたとき、その言葉をただ「やれってことか」と受け取る人もいれば、「なるほど、自分もやってみよう」と受け取る人もいる。

違いは、“言われたこと”に対して、誰が主語になっているかだ。

前者は「やらされる自分」
後者は「やると決めた自分」

この差が、人生の大きな差につながっていく。

ある日のこと。会社の後輩との1on1で、こんなやりとりがあった。

「正直、なんか、やらされてる感じがしてモチベーション上がらないんですよね」

彼は、自分が任されているプロジェクトに対して、気持ちがついてきていないことを素直に話してくれた。

「うん、それってたぶん、“誰の意思でやってるか”が曖昧だからだと思うよ」

「……どういうことですか?」

「“上から言われたからやる”ってなると、気持ちが乗らないのは当然。だけど、“自分でやるって決めた”って思えるようになったら、同じことでも、全然違うものになるよ」

彼は少し考えてから、静かにうなずいた。

「でも、それって、気持ちの切り替え次第ってことですよね」

「そう。結局、最後にやるのは“自分”なんだよ。誰に言われても、やらないって選択だってできる。やるって選んだのは、自分なんだ」

子育ても、教育も、育成も、すべてに共通するのはここだと思っている。

言われたことをやる。それ自体が悪いことではない。

大事なのは、「やらされてる」と思っているか、「自分でやってる」と思っているか。

僕は、朝陽にも、部下にも、伝えていきたい。

「言うことを聞く」「言われたことをやる」っていうのは、決して“考えていない証拠”じゃない。

むしろ、“自分で考えた結果として受け取る力”の証拠なんだと。

その日の夜、朝陽と布団に入ってから、僕はこんな話をした。

「朝陽さ、今日のプリントのこと、やらされてるって感じだった?」

「うーん、なんか、“やりなさい”って言われたから、やんなきゃいけないって思った」

「そっか。でもさ、最後にやるかやらないかを決めるのは、朝陽だよ。パパは“やった方がいい”って思って言ってるだけで、無理やり手を動かしてるわけじゃないでしょ?」

「うん……」

「パパが言ったことを聞いて、“よし、やろう”って思ってくれるのは、嬉しいよ。でも、“やらされてる”って思うと、つまんなくなるよね」

「うん、たしかに」

「じゃあさ、明日からは、パパが“やった方がいいよ”って言ったら、“ほんとかな?”って考えてからやってみて。納得できたら、自分でやるって決めてみて」

朝陽は小さく笑った。

「なんか、そっちのほうが、がんばれるかも」

教えるっていうのは、「やらせること」じゃない。

伝えるっていうのは、「考えさせること」なんだと思う。

そして、育てるっていうのは、「自分で動ける人を増やすこと」なんだ。

「言われたからやった」じゃなくて、「言われたことを自分で考えて、納得して動いた」

——その感覚を持てる人が、これからの時代を生き抜く。

僕は、朝陽にそれを伝えていきたいし、職場でも同じ姿勢で関わっていきたいと思っている。

動くのは、自分。

だからこそ、誇っていい。

——言うことを聞いて、やったんじゃない。聞いたうえで、やると決めたんだ。

その自覚が、自分の人生をつくっていくのだと思う。

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湯鶴の裏方より

このnoteでは、湯鶴というひとりのパパの日常をもとに、仕事・育児・人生にまつわる物語を綴っています。

無料物語では、子どもとの時間で考えたことや、仕事をする中で考えていることなど、毎日のなかにあるささやかな気づきを描いています。

でも実は——
誰にも言えなかったことや、少し勇気がいるようなことは、有料物語で綴っています。

湯鶴がこれまで向き合ってきた葛藤や選択。
その背景には、言葉にならなかった想いがあります。

僕は、湯鶴の“裏方”として、そのひとつひとつを記録してきました。

有料物語は1本100円。
ですが、マガジン(500円)を購読していただければ、これまでに公開された有料記事も、これから追加される物語もすべてお読みいただけます。

子どもを育てること。
働き続けること。
自分のままで在り続けること。

どれかひとつを選ぶのではなく、どれも大切にしていきたい。うまくできない日があっても、それでも今日を重ねていく。そんな湯鶴のまなざしと向き合いながら、言葉を編んでいます。

もしも、どこかで心に触れる瞬間があったなら、マガジンをのぞいていただけたら嬉しいです。

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たまたま出会ったようで、どこかで必要としていたかもしれないひとことを、そっと手渡せたらと思っています。

▼おみくじをつくった背景については、こちらにまとめました。


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