「なんでここで働いているの?」と問い続ける理由
「じゃあ、今月も聞くね。“なんでこの会社で働いているの?”」
そう問いかけた瞬間、彼は少しだけ顔をしかめて、苦笑いを浮かべた。
「あー……またですか。そうですよね……。うーん、なんでですかね。ちゃんと考えないとダメですね」
何度目だろう、このやり取り。
この問いを投げるようになってから、もう2年が経つ。
毎月の1on1。仕事の進捗やチームとの関係についても話すが、僕は必ず最後にこの質問をするようにしていた。
それでも、彼の答えはいつも同じ。
曖昧で、他人事で、どこか“自分のことなのに、遠くにあるもの”のような口ぶりだった。
彼は、仕事ができないわけではない。
でも、自分から動くことはほとんどない。
指示されたことはこなすけれど、それ以上の価値を生み出そうという意志が見えない。
当然、社内での評価は低い。
周囲の社員たちからは、「あの人って、何がしたいんですかね」「もう何年も、あの感じですよね」と、やや距離を置かれている。
その一方で、彼自身は不満を口にしていた。
「なんで僕は評価されないんでしょうね。頑張ってるつもりなんですけど」
彼の言葉には、“頑張ってるのに、報われない自分”という前提がある。
でも、それは本当に“頑張ってる”と言えるのだろうか?
“自分がなぜここにいるのか”という目的意識なしに、ただ目の前のタスクを機械的にこなすことを、“仕事”と呼んでしまっていないだろうか?
僕がこの会社で人事として関わるようになってから、いろんな社員と1on1を重ねてきた。
その中で感じるのは、「自分がこの会社で働く意味」を言語化できている人と、できていない人とでは、行動や成果に決定的な差が出るということだ。
明確な答えを持っている人は、自分のために働いているようでいて、実は組織のためにもなっている。
主体的に動き、価値を生み出し、信頼を得て、結果的に報酬もついてくる。
一方で、目的意識が薄い人は、目の前の仕事が“やらされ仕事”になり、評価も上がらず、モチベーションも上がらない。そして、「なんで評価されないんだ」と不満が生まれてしまう。
これは、その1人だけの話ではない。
僕の知る限り、この傾向は会社の中に何人もいる。
そして、会社を辞めていくのは、必ずしもスキルが低い人ではなく、この「自分の働く意味」を見失った人たちだ。
最近では「セルフリーダーシップ」という言葉が注目されている。
自分の意志で、自分の行動を導く力。
これからの社会では、そんな人材が求められると、至るところで言われている。
でも僕は思う。
セルフリーダーシップは、単独で成立するものではない。
組織に属する以上、「他者とどう関わるか」「リーダーの導きに主体的についていけるか」——つまりフォロワーシップが育っていない限り、本当の意味で自分の軸を持って動くことはできない。
自己中心的な“マイペース”と、自律的な“セルフリーダーシップ”は、似て非なるものだ。
「自分はなぜ、ここで働いているのか」
「この会社で、自分は何を果たしたいのか」
その問いへの答えを、自分の言葉で語れる人こそが、組織の中でフォロワーとしての役割も果たしながら、リーダーシップを発揮していけるのだと思う。
そしてこの問いに、「一度答えたら終わり」ということはない。
人は変化する。
ライフステージも、ライフロールも、価値観も変わっていく。
子どもが生まれた。
パートナーが転職した。
親の介護が始まった。
健康状態が変わった。
趣味の優先順位が上がった。
そんな変化が起きるたびに、仕事に求めるものも変わっていく。
・お金を重視するのか
・時間の柔軟さを求めるのか
・成長の機会を得たいのか
・社会貢献を実感したいのか
優先順位は人それぞれで、正解なんてない。
でも、それを意識して言葉にできているかどうかが、働き方を大きく左右する。
だから、「なんでここで働いているのか?」という問いは、定期的に見つめ直すべき“人生のコンパス”なのだ。
僕自身、何度もこの問いを自分に向けてきた。
もし「稼ぐこと」だけが目的なら、他にもっと効率のいい仕事もあるかもしれない。
「自由な時間」が一番なら、会社に属さずに働く選択肢もある。
でも、僕がここにいるのは——
「人のキャリアと向き合いたいから」
「自分の言葉で、誰かの一歩を後押ししたいから」
「人の可能性に伴走することが、自分の生きがいだから」
そう言い切れる理由が、僕にはある。
それはきっと、子どもたちに対する想いと、地続きにある。
最近、朝陽(あさひ)がこう言った。
「パパ、仕事楽しそうだね。パパの会社にまた行きたいな」
それを聞いたとき、少し驚いた。
僕が家で仕事に向かう姿や、夕方に疲れてソファに座り込む姿も、きっと彼女は見ているはずだ。
それでも、「楽しそう」と言ってくれるのは、僕が働くことに意味を見出し、それを自分の言葉で語っているからかもしれない。
子どもは、親の背中を見て育つ。
その背中に映る“働く姿”が、どんな印象を残すか。
それは、次の世代の“働き方”にもきっとつながっていく。
日本はこれから、確実に「働く人」が減っていく。
それは、単に“人手が足りなくなる”という話じゃない。
「この仕事、誰がやるのか?」という問いが、社会のあちこちで突きつけられる時代がやってくるということだ。
でも僕は、数だけの話にはしたくないと思っている。
「どんな人が、どんな想いで、何を大切にして働くのか?」
その問いの積み重ねこそが、これからの社会の強さになる。
仕事は、人生のすべてじゃない。
でも、仕事をどう捉えるかは、その人の人生観をつくる。
僕自身、子どもたちと過ごす日々の中で、ふとした瞬間に思う。
「この子たちが将来働く時代に、どんな世界を手渡せるだろう」って。
だからこそ、今を生きる僕たちが、自分自身に問い続けなきゃいけない。
「なんで、自分はここで働いているのか?」
それを自分の言葉で語れる人が、次の時代を照らしていく。
誰かの問いに寄り添える人が、背中を押せる社会になる。
僕は、そう信じてる。
あなたは——どうして、今ここで働いていますか?
読んでくださって、ありがとうございます。
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