パパになって気づいた、弁当の意味
子供たちにお弁当を作る日々の中で、ふと自分自身の高校時代を思い出した。
▼1歳の陽潤(はるん)とのお弁当エピソード
▼6歳の朝陽(あさひ)とのお弁当エピソード
高校生だったあの頃、僕の毎日には、母の手作り弁当があった。
3年間、毎日欠かさず。想いが込められた、温もりのある、母らしいお弁当だった。だけど当時の僕は、そのありがたさに気づいていなかった。
当たり前だと思っていたわけじゃない。でも、「ありがとう」も、「美味しかった」も、ほとんど口にしなかった。感謝の気持ちを伝えることより、友達と他愛もない話をしながら食べることのほうが、ずっと大事だった。そんな年頃だった。
それでも、母は変わらず毎朝、お弁当を作ってくれていた。
サッカー部で朝練もあった僕にとって、ご飯がぎっしり詰まったお弁当は、毎日の楽しみだった。
ウインナー、卵焼き、唐揚げ。たまに煮物やひじきが入っていて、「なんで今日これなんだよ」なんて、心の中で思ったこともあった。ウナギが入ってる日は大当たり。全部、健康に気を遣いつつも、美味しく食べてほしいという想いが込められていた。
そこには、母のやさしさがあった。
そして、思い返してみると——僕は一度も弁当を残したことがなかった。
「うまい」とは言わなかったけれど、ちゃんと全部食べてた。母も、それを知ってたと思う。
もしかしたら、「美味しいって言ってくれたらいいのに」って思った日もあったかもしれない。それでも母は、言葉を求めることなく、毎日当たり前のように、台所に立っていた。たぶん、こんなふうに思っていたんじゃないだろうか。
——子どもって、口には出さないけど、ちゃんと食べてくれてる。それで十分。
今、自分が“パパ”になって、お弁当を作るようになって、ようやくその気持ちがわかるようになった。
朝陽はまだ小学生だけど、「美味しかった!」って言ってくれると、もうそれだけで一日が報われる。1歳の陽潤は何も言えないけど、お弁当箱が空っぽで返ってくると、それだけで嬉しくなる。あぁ、ちゃんと食べてくれたんだなって。
——あのときの母も、きっと同じ気持ちだったんだろう。
そう思うと、時間を超えて、ようやく親子の気持ちが通じ合えたような気がした。
高校を卒業してから何年も経ち、僕はいま父親として、誰かのために弁当を作る立場になった。ようやく、あの頃の弁当が、ただの「昼ごはん」じゃなかったことに気づいた。
あれは、無償の愛だった。
弁当は、親から子へのメッセージだった。
毎日、どんなに忙しくても、どんなに眠くても、手を抜かずに詰められたあの弁当には、「あなたのことを想っているよ」という気持ちが、たしかに込められていた。
今さらだけど、伝えたい。
「3年間、毎日ありがとう。どれも美味しかったよ。あの弁当があったから、僕はがんばれた」
母には、これからも元気でいてほしい。父と一緒に、長生きしてほしい。僕が作るパパ弁の話を、こっそりどこかで読んで、笑ってくれたら、それだけで嬉しい。
そして僕も、娘が大きくなって、いつか誰かの親になったとき——そのときに気づいてくれたらいいと思う。
「パパが作ってくれた弁当って、実はすごかったんだな」って。
言葉じゃ伝えきれない気持ちを、弁当に込めて。これからも、変わらず作り続けたい。
親になって、ようやく気づいた。
——弁当の意味を。
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