辞めると言いづらい場所で——人が動くことで成り立つ仕事の“構造”について
冬の気配が深まり、街の空気が少し静かに感じられる頃。
ある調査結果が目に入った。
——特定の業界で「辞めます」と自分から言い出せず、第三者に依頼して退職手続きをしてもらう人が多いらしい。
もちろん、そこに企業名は書かれていない。ただ、どういう業界が多いのか、その傾向だけが示されていた。
それを見た瞬間、僕の胸には妙な既視感が走った。
なぜなら、その上位に並んでいたのは——人が動くことで収益が立つ業界だったからだ。
僕は11月まで、約10年間その世界のど真ん中で人事として働いていた。だから、その“理由”が痛いほどわかる。
これは企業批判でも、退職支援サービスの話でもない。単純に、仕組みが生み出す必然の話だ。
そして、この“必然”の中に生きてきた多くの働く人たちに、僕はどうしても光を当てたくなった。
人が辞めることに敏感な会社というのは、実は構造的にそうならざるを得ない。
売上の源泉が“人の稼働”にある。
誰かが働いてくれれば、売上が立つ。
休めば売上は止まり、辞めれば売上はゼロになる。
だから、辞めたいと言われると、担当者の頭には瞬時に数字が浮かぶ。
「次の人員を確保するまでの売上はどうなる?」
「クライアントへの説明は?」
「今辞められたら現場が回らない」
これは情ではなく、仕組みの問題だ。仕組みが、担当者に“辞めてほしくない理由”を与えてしまう。
もちろん、辞めたいと申し出てくれた人には丁寧に寄り添いたい。対話したい。理由を聞きたい。
でも、仕組みが担当者の心を引っ張る。
僕も10年間その世界にいたから、その板挟みがどれだけ苦しいものか知っている。
「辞めたい」と言うのが苦しい人は多い。特に、先ほどのような仕組みの中にいると、なおさらだ。
働く人の側はこう思う。
・担当者に申し訳ない
・現場に迷惑がかかるかもしれない
・辞める理由が“弱い”と判断されないだろうか
・引き止められたらどうしよう
担当者の側はこう思う。
・今辞められたら業務が止まる
・クライアント対応が大変になる
・上司から説明を求められる
・次の採用が間に合わない
誰も悪くない。だが、双方の不安と事情が交錯すると——辞めたいと言い出しづらい空気が自然に立ち上がる。
僕はこの空気を何度も見てきた。
相談に来てくれた人が口を開くまでに、どれほどの時間と勇気を要したか。言葉を選び、震えながら話す姿を何度も見た。
辞めたいという気持ちは、その時点で“十分に大きい理由”なのに、まるで申し訳ない罪の告白のように扱われてしまう。
この空気は、仕組みが生み出した影のようなものだ。
辞める意思を伝えたあとの苦しさも、少なくない。
ある人はこう言った。
「辞めたいと言ったら、急に距離を置かれた気がしました」
「次の人が来るまでいてほしい、とだけ言われ、期限がないまま働き続けています」
「辞める理由を何度も聞かれ、正直しんどかったです」
丁寧に寄り添う担当者ももちろんいる。
誠実な会社もたくさんある。
ただ、仕組みとして、“辞める=収益が止まる”という現実は、やはり働く人の心理に影を落とす。
辞めると言ったあとに感じる気まずさ、空気の変化、説明の負担。それらが積み重なると、自分で伝えるより第三者に任せたくなる気持ちはよくわかる。
僕はそれを“弱さ”とは思わない。むしろ、構造に対して一人で立ち向かうことの難しさだ。
ここまで読むと、「そんなに大変な構造なのに、なぜ10年も?」と思うかもしれない。
でも僕は、この10年間に心から感謝している。
働く人の人生に触れることで、僕は“人事としての軸”を育ててもらった。
傷ついた人の声。
本当は辞めたくないのに辞めざるを得なかった人の涙。
誰にも気づかれなかった負担。
静かに自分を保ちながら頑張り続けた人の背中。
その一つひとつが、僕の中で大切な感覚を育ててくれた。
「働く人の人生は、構造の犠牲になってはいけない」
その想いは、この10年間でしか得られなかったものだ。
辞めたい理由は、いつだって“その人の人生の理由”だ。
・家族の事情
・体力の限界
・別の挑戦がしたい
・職場の空気が合わない
・ただ、ここではないと思った
どれもその人の人生においては、揺るぎない理由だ。
でも構造を優先する企業側の事情がぶつかると、働く人は自分の気持ちを否定されたように感じてしまうことがある。
構造と感情を混同してはいけない。
辞めたい人を責める必要もない。
辞めてほしくない理由がある企業側が“悪い”わけでもない。
大切なのは、「その人の人生にとって何が大切なのか」というシンプルな問いだ。
11月末、僕はその会社を退職し、新しい職場で人事としてのキャリアを再スタートした。
人が辞めにくい構造に触れ続けた10年。
その濃い経験は、これから必ず活きる。
辞めたいと言いやすい組織をつくる。
辞めたい人を責めない組織をつくる。
辞めなくてもいいと思える職場環境を育む。
それは制度ではなく、人と人の関係性、姿勢、そして理解から生まれるもの。
僕は次のステージで、それを実践したい。
辞めるとき、人は孤独を感じる。
「こんな理由で辞めていいのだろうか」
「迷惑をかけてしまうのでは」
「自分が弱いのでは」
でも、どうか忘れないでほしい。
辞めることは、弱さではない。
人生の舵を自分に戻す行為だ。
辞めにくさは、あなたのせいではない。それは構造が生んだ“空気”であり、そこに優劣や強弱の判断はない。
あなたの人生は、あなたが選んでいい。その選択が誰かの都合と一致しなくても、あなたの人生はあなたのものだ。
働く人が、自分の人生に責任を持ち、自分の言葉で選択できる社会であってほしい。
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