信頼できない採用市場——“当たり前”を、当たり前にできない社会で

「なぜ今、採用に“信頼性”が求められるのか」

最近、そんな記事を読んだ。

内容はこうだった。
経歴詐称、リファレンス不安、採用単価の高騰——採用市場が抱える課題を整理し、それを解決するための新サービスを紹介していた。

読んでいて思ったのは、ただ一つ。

——当たり前のことを、それらしく語っているな、ということだった。

採用に“信頼”が必要なのは、今に始まった話じゃない。それはもう、採用という行為が生まれた瞬間から一貫して存在する前提だ。

「信頼できる人を採る」
「信頼できる会社に入りたい」

——この、たった二つの“信頼”が両輪で回らない限り、採用は成立しない。

にもかかわらず、なぜ今になって“信頼性”という言葉が注目されているのか。

理由は明確だ。
社会全体が、信頼を「仕組み」で解決しようとしているからだ。

僕は人事として、何百人という採用に関わってきた。面接も、選考も、評価も。その中で痛感しているのは、「信頼」という概念を履き違えている企業がいかに多いか、ということだ。

信頼とは、“証明”ではなく“関係”のことだ。どれだけ本人確認を強化しても、経歴書の正しさを担保しても——その人を信じる土台が会社側にない限り、信頼は築かれない。

リファレンスチェックをして「前職では真面目でした」と言われても、「うちではどうだろう?」と疑いながら採用している時点で、それはもう信頼ではない。あくまで“保険”であり、“疑いの延長”に過ぎない。

たとえば、採用面接でこう言う人がいる。

「うちの会社は“人柄重視”です」

聞こえはいい。でも僕はいつも心の中で思う。
——人柄重視の会社に限って、人を信じていない。

「どんな人柄なのか」を表面的に聞いて、「話がうまい」「雰囲気がいい」で判断する。結局、信頼ではなく“印象”で採用しているに過ぎない。

そして入社後、「思っていた人と違いました」と嘆く。

いや、違うんだ。思っていた“印象”と違っただけで、その人が変わったわけではない。

信頼とは、印象の先にある“理解”のことなんだ。

では、なぜ信頼が生まれないのか。僕は、その根っこに「責任の所在の曖昧さ」があると思っている。

採用がうまくいかないとき、企業はこう言う。

「エージェントの紹介が悪かった」
「候補者が嘘をついていた」
「現場が見抜けなかった」

でも、採用を“決めた”のは誰だ?
最終的に“入社を許可した”のは、自分たちじゃないか。採用の成否を、外に求めている限り、信頼の文化は育たない。

僕が建築構造設計の仕事をしていた頃、地盤の確認を怠る現場は、必ずトラブルを起こした。目に見えない部分にこそ、全ての重みがかかる。それは、組織でもまったく同じだ。“信頼”という見えない地盤を確認せずに、採用という構造物を立てようとするから、崩れる。

最近では、本人認証サービスを使って身元を保証する仕組みも増えている。それ自体は素晴らしいことだと思う。ただ、それで“信頼”を担保できると思うのは、あまりにも短絡的だ。

身元が確認されたところで、その人の「誠実さ」までは保証されない。経歴が本当でも、「本気でこの会社に向き合うか」はわからない。信頼とは、情報の正確さではなく、関係性の温度だ。その温度を感じ取るのが、面接官の仕事であり、人事の使命だと思う。

僕は面接のたびに、書類を一度閉じる。
そして、相手の目を見る。

「この人は、どんな人生を歩んできたのだろう」
「なぜ、今この会社を選んだのだろう」

それを、心から知ろうとする。
そこにこそ、信頼の始まりがある。

「採用単価の高騰」という話も、同じ構造だ。
企業が信頼を外部委託しているから、コストが上がる。

本来、採用とは「内製」すべき営みだ。
自社の理念や文化を理解し、自分たちの目で“仲間”を探す行為だ。それを他社に委ねた瞬間、「信頼をつくる力」を手放してしまう。

もちろん、エージェントが悪いわけではない。
問題は、“任せきり”になる企業側の姿勢だ。

「紹介してもらった人だから」
「エージェントが推薦しているから」

——そんな理由で採用している限り、信頼関係は生まれない。

採用単価が上がっているのではなく、信頼を外に預ける“依存コスト”が膨らんでいるだけだ。

信頼とは、時間の積み重ねでしか生まれない。
だから、本来は“スピード採用”と真逆のものだ。
でも、現実は逆を行く。

「すぐに人がほしい」
「短期間で採りきりたい」

——その焦りが、信頼を犠牲にしている。

早期離職は偶然じゃない。
焦って採った結果、相手の本音を見抜けなかっただけだ。「活躍しなかった」のではなく、「活躍できる土台を用意しなかった」だけ。信頼とは、採用した瞬間に完成するものではなく、採用後に“育てる”ものなんだ。

僕がいつも新人に伝えている言葉がある。

「信頼を得るのに時間はかかるけど、失うのは一瞬だよ」

採用も同じ。
一人の嘘、一つの不誠実、一回の軽率な判断が、会社全体の信頼を一気に壊すことがある。

だからこそ、人事という仕事には“誠実さ”が求められる。制度や仕組みを整えることも大事だけど、一番大切なのは、「この会社は嘘をつかない」と胸を張って言えること。社員にそう思ってもらえること。それが、採用ブランディングの本質だ。

あるとき、面接後に候補者からこんなメッセージをもらったことがある。

「今日の面接で初めて、“採用されたい”ではなく“ここで働きたい”と思いました。」

その言葉を読んで、心が震えた。それは僕にとって、“信頼が生まれた瞬間”だった。面接という一度きりの時間の中で、相手が心を開いてくれたということ。その関係を築けた時点で、もう採用活動の半分は成功している。

信頼は、形式ではなく、誠意の積み重ねだ。

「採用の現場に、誠実さを取り戻したい」

それが、僕が人事を続けている理由でもある。

家に帰ると、リビングの机の上に朝陽(あさひ)のノートが開かれていた。「今日のよかったこと」という欄に、こう書かれていた。

「お友だちが転んだとき、いっしょに手をつないで立った」

その一文を読んで、ふと笑ってしまった。人を信じることも、支えることも、子どもたちはちゃんと知っている。僕たち大人がそれを“難しくしている”だけなのかもしれない。

採用に“信頼”が必要なのは、人が人と生きていく上で、当たり前だからだ。でも、その当たり前を、当たり前にできない社会。それが、今の現実だ。

朝陽がノートを閉じて、僕のほうを見上げた。

「パパ、今日の“よかったこと”は?」

僕は少し考えてから答えた。

「今日も、信じたいと思える人に出会えたことかな。」

信頼とは、仕事でも、家庭でも、人生そのものでも、僕たちを“人間らしく”つないでくれる唯一のもの。だから僕は、今日も人事として、人を見抜くよりも、人を信じることに力を注ぎたいと思う。

——信頼できる採用市場をつくるには、まず“信頼できる人事”から始めなければならないのだから。

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湯鶴の裏方より

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人と向き合う仕事のなかで感じた葛藤、気づき、あたたかさ——。そんな日々を綴った有料マガジン『人事としての湯鶴 —— 組織の中で、人を見つめる日々』があります。

採用、評価、育成、退職——組織のなかにある“決断の裏側”と、“目の前の一人”との対話を、物語として丁寧に描いています。

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