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【静かな養生録7】「あの頃に戻れたら」というやさしい罠。過去に飛んでしまう心を今に繋ぎ止める方法

〜「あの頃に戻れたら」をやめた、ある春の話〜

ある春、私はまた同じことを考えていました。

「あの時、これを知っていたら。」

仕事の選択。
学びの順番。
生き方のタイミング。

今の自分が持っている知識や感覚を、過去の自分に渡せたなら
そんな思考が、気づけばぐるぐると頭の中を占領していました。

後悔、とは少し違う。
あの頃の選択を「間違いだった」と思っているわけじゃない。

ただ
今の私がある場所に戻ったとしたら
きっとずっとうまくやれる。

アーユルヴェーダのことも知っている。
身体のサインの読み方も知っている。
人との距離の取り方も、エネルギーの使い方も。

あの職場で、あの学びの場で、あの岐路で
今の私だったら、もっと違う選択ができたのに。

そういう思考を、私はひそかに「what ifモード」と呼んでいます。
皆さんにもwhat ifモード、起こりますか?




what ifモードは、やさしい罠だった

このモードの厄介なところは、気持ち良さがあることです。

過去の場面に今の自分を連れて行って
うまくやっている自分を想像する。

それはある種の万能感で、じんわりと心地よい感じ。

でも気づくと、現在から離れている。

今ここにある仕事ではなく、「あの時の仕事」を考えている。
今ここにある学びではなく、「あの時に知りたかった学び」を惜しんでいる。
今ここにある自分の体ではなく、「あの頃の体に戻れたら」と思っている。

アーユルヴェーダでは
心が過去や未来をさまようことを「ヴァータの乱れ」として捉えます。

ヴァータは風のエネルギー。
流動的で、軽く、動きやすい。

本来は創造性や直感をもたらしてくれる大切なエネルギーだけれど
乱れると「散漫」「不安」「根なし草」のような状態になっていく。

what ifモードは
まさにヴァータが過去へと飛んでいっている状態です。
今ここに根を張れないまま、風だけがぐるぐると吹いている。


知識は「今」のためにある

私がアーユルヴェーダを学んだのは、今のため


過去に持って帰るためではなく、今この身体を整えるために。

「あの時これを知っていたら」という思考は
裏を返せば「今知っているのに、使っていない」ということ。

今の私は、身体の乾燥がヴァータのサインだと知っている。
今の私は、夜の逃避スクロールがピッタの乱れだと知っている。
今の私は、白湯一杯が内側からどれだけ身体を整えるかを知っている。

それなのに、「あの時知りたかった」と過去に手を伸ばすあまり、目の前にある白湯を覚ましていたことに気づきました。

なんとも、おかしな話です。

知識は、今ここで使ってこそ、初めて命が吹き込まれてるものなのに。

過去に届けることはできないけれど
今の自分を助けることは、今すぐできる。


「戻る」のではなく「今に根を張る」

what ifモードをやめる、というのは難しい


意志の力で「考えるな」と命じても
思考はするりと過去へ滑っていきます。

私が試してみたのは、「戻ること」をやめて「今に植え直すこと」でした。

具体的には、こんなことをする。

まず、what ifが始まったことに気づく。
「ああ、またあの時に飛んでいるな」と、ただ観察する。

次に
一つだけ今の感覚に戻る。

足の裏が床に触れている感覚。
白湯を飲んだときの、喉から胃へと広がる温かさ。
窓から入ってくる、春の光のやわらかさ。

たったそれだけで、ヴァータの風はすこし落ち着いてくる。
根が、今ここに下りてくる感じがする。

アーユルヴェーダでは
これをグラウンディング(接地)と呼びます。

大地のエネルギーであるプリティヴィー(土)に接続して
浮き足立った心を、今この瞬間へと戻してくる。


過去は変えられないけれど、解釈は今できる

もう一つ、気づいたことがありました。

what ifモードは
過去のどこかに「忘れ物」をしてきたと感じている時に、ふわりと現れます。
あの選択が
「もったいなかった」
「無駄だった」
「足りなかった」

そういう見方をするとき、人は自然とやり直しを求める。

でも、視点を変えてみると。

あの職場での経験があったから、今の自分がある。
あの時の回り道があったから、アーユルヴェーダに出会う流れが生まれた。
あの岐路で選んだ道が、今ここへ連れてきてくれた。

過去を変えることはできないけれど、
今の自分がどう意味づけるかは、今決めることができる。

これは「すべて良かった」と無理に思い込むことではありません。

ただ、「あの時から、今がつながっている」という事実を
そっと受け取ることです。

今日もあらゆることが奇跡的に紡いでいて
選択も、経験も、後悔も、全部ひとつながりの流れの中にあります。

だとすれば、今この瞬間にできることをすることが
過去の自分への一番の返礼になるのかもしれない。


ある春の小さな転換点

あの春の私の決断のきっかけは
what ifモードに気づいたときでした。

過去の場面に飛んでいくかわりに
今の自分に一杯の白湯を淹れた。

そこからのスタート。

でも、その小さな「今に戻る」行為が、何かをすこし変えた気がしました。

命はどこにあるかといえば、今ここにある。
時間はいつ使えるかといえば、今しか使えない。

だから、命と時間に感謝する、というのは
過去の自分でも、未来の自分でもなく
今ここにいる自分に、丁寧であることなのだと思うようになりました。

what ifはまだ顔を出すでしょう。

でも今は、そのたびに白湯を一杯淹れることにしています。


今日のセルフケア提案

「what if」が来たら、グラウンディングを試してみて

  1. 足の裏を床にしっかりつけて、その感覚に意識を向ける

  2. 白湯か温かいお茶を一杯、ゆっくり飲む

  3. 「今、ここにいる」と、声に出すか、心の中で一度だけ言う

過去へ飛んだ心を、今に戻すための小さな錨(いかり)。

アーユルヴェーダでは
この「接地の感覚」が養生の出発点になると言われています。


結び

戻れなかった過去を慈しみながら
今この瞬間の温かさを選ぶ。

そんなあなたの「今」が
一番輝いていますように。


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次回の更新も楽しみにお待ちくださいね✨
それでは、次の記事でお会いしましょう。


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