【大阪観光】大仙古墳とユニバを巡る旅❸履中天皇陵から堺市役所展望室まで
※写真は堺市役所から見た反正天皇陵
いたすけ古墳に向かいます。
次なる古墳は「いたすけ古墳」
タヌキがいたりするそうでちょっと楽しみ。

地図アプリを見なくても行けそう^_^
善右衛門山古墳→いたすけ古墳→履中天皇陵古墳の順番になるのね。
なるほど。


今日見た古墳❼
■ 善右衛門山古墳(ぜんえもんやまこふん):方墳
いたすけ古墳の外堤と接するように築造されていることから、同古墳に付随する古墳と考えられます。平成12・15年度の調査では、墳丘は2段築成であることを確認しましたが、墳丘の周囲には明確な周濠を設けていません。
【堺市北区百舌鳥本町3丁424-1】

今日見た古墳❽
■ いたすけ古墳:前方後円墳(百舌鳥古墳群で第8位)
百舌鳥古墳群のほぼ中央にある前方部を西に向けた前方後円墳で、周りには陪塚とされる古墳が数基ありました。
5世紀前半に造られたとされ、全長約146m、後円部径約90m、高さ約12.2m、前方部幅約99m、高さ約11.4mで3段に築成され、南部のくびれ部には造出しがあります。
後円部から出土した冑の埴輪は堺市の文化財保護のシンボルマークになっています。
【堺市北区百舌鳥本町3丁338】
初めて知ったけど、堺市のマークになるほど重要な古墳だったらしい。
そしてタヌキはいなくて、水鳥さんがのんびり泳いでいました。

履中天皇陵にむかうぞ

この時点で9:35。
12時に三国ヶ丘から天王寺駅に向かう予定。
仁徳天皇陵の残り半周と、堺市役所、方違神社に行きたい。
さて、どう配分するべきか。
まずは履中天皇陵古墳を見る。
問題はその後。
天王寺駅へ行くには三国ヶ丘駅に行くしかないのか?とあれこれ検索していると、履中天皇陵古墳前から東堺駅行きの何かがあるらしい(その時は駅だと思っていた私)。

よし!
そこに向かおう!と履中天皇陵へ歩き始める。


今日来た古墳❾
上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)

■ 履中天皇陵古墳(りちゅうてんのうりょうこふん):前方後円墳
墳丘の全長約365m、後円部径205 m、高さ約27.6m、前方部幅約235m、高さ約25.3mの規模の日本で3番目に大きい、石津ヶ丘にある前方部を南に向けた巨大前方後円墳です。
墳丘は3段築成で西側のくびれ部には造出しがあり、主体部の構造や副葬品などはわかっていませんが葺石と埴輪があります。
【堺市西区石津ヶ丘】
履中天皇は仁徳天皇の第一皇子で第17代天皇です。
日本第三位の大きさ。
ちなみに一位は仁徳天皇陵、二位は応神天皇陵古墳(誉田御廟山古墳)。
先程行った御廟山古墳も応神天皇説があるようで。
はっきりしていないのが残念。
大仙公園にも寄ってみよう
「旭ヶ丘駅(だと思っていた)」に行くまで少し大仙公園も見てみましょう。
と、目の前の公園に入っていく。

今日見た古墳➓
■ 七観音古墳(しちかんのんこふん):円墳
履中天皇陵古墳の北側、大仙公園の南入口にあり鉢巻状の壁で保存されています。原形は少し違うようで市の調査では直径32.5m程の円墳であることが判明、碧玉製の琴柱形石製品が出土したといわれています。
【堺市堺区旭ヶ丘北町5丁】
何か登れるー!
と階段を登りました。

今日見た古墳11
■ 七観山古墳跡地(しちかんやまこふん):円墳
履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)の後円部北側にあった円墳で、その陪塚と考えられます。墳丘は径約50m、高さ約8mの二段築成で周濠もありました。葺石と埴輪があり、墳頂部には鰭付円筒埴輪をならべた埴輪列がめぐっていたようです。家・短甲・蓋(きぬがさ)・靱などの形象埴輪も出土しています。
【堺市堺区旭ヶ丘中町4丁】

うむ。
寄り道ばかりしておれぬ!
と「旭ヶ丘駅(違うのだが)」へ向かうことに。
地図アプリに従って行くも,駅らしきものはなく。
間違った?
と不安になりつつそこにあるバス停が目に入る。
バス停…
ば、バス停!!
慌てて走って時刻表を見に行く。

その次は10:44!!!!
危なかった。
この時点で9:56。
実は大仙公園の奥に行こうか一瞬迷っていたのだ。
駅だと思っていたからまあまあ本数あるかなーと(これが私の怖いところ)
ああ、でもきっと最初からバス停だと思っていたら、本数少ないし、バスってたまに時間より早く行くからと不安になり、七観山古墳の展望台を登ったりしなかった。
だからこれでいいのだ(悩まないのがわたしのいいところ笑)
方違神社へ
ネットで検索して、堺市役所の展望室から仁徳天皇陵を一望できると知りまして。
さらにその近くにある反正天皇陵のことを調べるなかで見つけた神社です。
摂津、河内、和泉の三国の境界なるが故に、“三国山”また“三国丘”とも称され、この三国の境(ちなみに“堺”の地名はこれに由来する)で何処の国にも属さない方位の無い清地であるという考え方に依り、その境内の御土と菰の葉にて作られた粽は悪い方位を祓うという信仰を以て、古きより方災除の神として御神徳を仰ぐ参詣者が全国より訪れます。
ざっくり言うと摂津、河内、和泉の三国の境にあるためどこにも属さない方位のない聖なる地にあるため、方位に関する災いを取り除く神社だよ、と。
社会人3年目となる娘が去年の秋から引越し先を探していまして。
いつ引越してもいいのでと、納得の行く物件が見つかるまで探すそうです。
なんだかんだといい物件になかなか出会えず。
だから引っ越す先が凶方でも吉方に変えるお守りを見つけた時は、もう絶対買おう!と(笑)
三国ヶ丘も堺市の地名はこの由来だったのね。
行かねばならないでしょうよ、それは!


お守りを買う>(これを「より小」と読むの一部の年代だけ?)反正古墳を見る
だったため、近くにある古墳を諦め神社に行く。
だがしかし。
神社の駐車場の奥に何か小山を発見。


今日見た古墳12
■ 反正天皇陵(はんぜいてんのうりょう):前方後円墳
百舌鳥古墳群の北端にある前方部を南に向けた前方後円墳で、現在は百舌鳥耳原三陵の北陵・反正天皇陵として宮内庁が管理しています。墳丘の規模は全長約148m、後円部径約76m、高さ約13m、前方部幅約110m、高さ約15mで百舌鳥古墳群では7番目の大きさです。仁徳天皇陵古墳の1/3ほどの大きさで、天皇陵では小さいほうですが理由はよくわかっていません。墳丘は3段に築かれその形や出土した埴輪から、5世紀中頃に造られたと考えられています。
【堺市堺区北三国ヶ丘町2丁】
堺市役所の展望室
徒歩10分ほどで堺市役所到着。


あのでれんと横に広がっている森がそう。
ああ、かなり上空からじゃないと前方後円墳感は出てこないのね。

堺市出身なのね!
原画や執筆机などもありましたー
よーーし!
東堺駅から三国ヶ丘駅に戻るぞー
そして残りの仁徳天皇陵を巡り、時間があれば古墳バーガーを食べるのだあ
続き
目次
