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【東京の神社】浅草七福神巡り❶飛鳥時代の荒地にたどり着いた聖観音像〜浅草神社

2024年3月に浅草七福神巡りをしました。
こちら↓の記事にて、回った箇所を一気に紹介していますが。
今回は一つ一つを紹介していきます^_^


浅草七福神を巡る

この日の予定は、浅草神社を出発し、全てを巡って同じ敷地内にある浅草寺で終了予定。
途中でランチを食べたり寄り道をしたりしながら進んだので、9時半スタートで13時半終了と、結果4時間かかりました。

全てコンプリート^_^

この浅草七福神巡りは、どこから巡ってもいいのですが、実は回る順番が結構大切なのです。
上↑の記事でも紹介していますが、御朱印の色紙の中央に収まるのは、「叶えたい願いの神様」にすると良いとされます。
金運、恋愛運など、いろいろな神様がいらっしゃる中、私は「仕事運」をあげたかったので、浅草寺をラストにしました。

ちなみに御朱印の色紙中央に来るのは「最後に行く場所」となります。

ではまずは、浅草神社からスタート。

浅草神社(恵比寿神)

主祭神は聞き覚えのない方々でした。

主祭神:
土師真中知命:
観音像を祀るために寺を創建。
檜前浜成命:
隅田川で観音像を網で引き揚げた兄。
檜前武成命:
隅田川で観音像を網で引き揚げた弟。

相殿として、徳川家光恵比寿様を祀ります。

主祭神の三柱は、「三社様」とも呼ばれていて、東京で有名な三社祭りの主役なのです。

推古天皇36年(628年)3月18日のこと。
漁師の浜成・竹成兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていました。
すると、網に同じ人形の像が繰り返し掛かったのです。

兄弟は、この地域で物知りだった土師真中知に相談しに行きました。
「これは聖観音菩薩像である」と教えられ、二人は毎日観音像に祈念するようになりました。

その後、土師真中知は僧となり、自宅を寺としたのですが、これが浅草寺の始まりとなりました。

真中知の没後、真中知の子の夢に観音菩薩が現れ、そのお告げに従って真中知・浜成・竹成を神として祀ったとされます。

ネットの説明をまとめた

由来も少し変わっていますよね。
京都や奈良あたりの神社だと、お坊様や天皇の夢に現れたりするのですが。
「漁師さん」が主役で、しかも最終的にその漁師さんたちが神様になるのですから、本当に凄いです。

とても立派です

主祭神が漁師さんだったから相殿は「恵比寿さん」なのですね。
恵比寿さんなのに海が近くにないけど?(海の神様)と思いましたが。
よく読むと今の隅田川で見つけた、とあります。
まあ、川でも漁するので。
それに隅田川は東京湾と繋がっているので,ほぼ海!(嘘です笑)

狛犬さん

お隣の浅草寺とは、かつては一つだったけれど(というより、浅草寺の創始に関わる)明治政府の政策により、片や仏教、片や神道と組織的には別となりました。

とはいえ同じ敷地内にあるのだし、もともと関係ないはずもなく。
実はこちらは、「浅草寺」の始まりの三人を神として祀る神社なのです!

観音様はどこから?

浅草寺の本尊である観音様を引き上げた兄弟と、それを引き取り自ら僧となり自宅に祀った方が神(の化身)として祀られたのはわかった。
でも私は川に流れ着く前の観音様の出自が気になるタイプなのです。

江戸時代ならいざ知らず、当時は名もない葦が群生する湿地帯だった江戸になる前のこの地に流れ着いたのは、いったいどこから?

時は飛鳥時代。
ちなみに時代的に

聖徳太子 死去:622年
観音出現伝承:628年

たった6年!
ここ、テストに出ます!というくらい何かを感じてしまう。

実際に聖徳太子の死と関わりのある資料は見つかっていませんが。
(多分関わりはないのだと思う)

でも、そもそもこんな立派な観音像を川に流した人は、どんな思いだったのか。
その時の仏教を取り巻く情勢はどうだったのか。

このあたりが気になります(笑)

ただし調べると当時は、蘇我入鹿が全盛の時期なので、仏教は保護されていたはず。

ならば、仏教を弾圧されてなどではなく、たまたま水害などで流されたものかもしれません。

ただ一つ言えるのは,当時の仏教は権力者のものであり、庶民の宗教としてあまり浸透していなかった。
ましてや当時の都である奈良から離れた、作物もあまり実らない、中央にもあまり認識されていない地方のひとつに、仏教の教えがどれほど浸透していたのか。

そんな頃に庶民でもある二人の兄弟に、何度も網にかかったとされる観音像。

それだけで,やっぱり物語が浮かんできてしまうのです。

そして後世になって、彼らは神(仏)の化身として、庶民に仏教の恩恵を手渡す役割を担っていたなどとして、江戸っ子の皆様が盛大にお祭りするに至る経緯も調べたくなりました^_^

そんな大きな秘密などないと思うのですけどね。

皆様も参拝される時は、何もなかった飛鳥時代に観音像を拾って困り果てているご兄弟と、それを引き取り大切に保管した男がいたことに思いを馳せてみてくださいませ^_^

次の待乳山聖天へ

浅草七福神巡りレポート目次


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