【東京の神社】浅草七福神巡り❷飛鳥時代に忽然と現れた聖なる山~待乳山聖天
待乳山聖天(毘沙門天)
浅草神社より徒歩10分で待乳山聖天(毘沙門天)に到着。

創建は推古天皇3年(595年)と伝えられ、旱魃に苦しむ人々を救済するために大聖歓喜天が顕現したことが起源とされています。
当山は推古天皇の御世、地中から忽然湧き出た霊山で、その時、金龍が天より降って山を廻り守護したと伝えられています。
それより6年後の夏、この地方が大旱魃に見舞われたとき、十一面観世音菩薩が悲愍の眼を開き、大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)の姿となってこの山に降臨されて、 苦しむ民を救いました。
これが聖天様が当山に鎮座された起源であるといわれています。
こちらの御由緒にはずいぶん特殊な情報がいっぱいなので、一つずつ。


聖なる山が突然現れた
まず最初に、この寺は小さな丘の上にあるのですが、なんとこの丘は595年9月に出現して龍が守護したと伝えられるとのこと。

「595年9月に出現して」とあった。
出現というのは、昭和新山のように盛り上がったということなのか?
↓これはパワースポット用のブログ(ただいま休止中)に投稿した昭和新山のレポート。
ちなみに北海道の人のほとんどが修学旅行で連れていかれる昭和新山は、昭和18年のある日突然、麦畑がどんどん隆起して山になったもの。
すごくない?
たぶんそれとは違うだろうなあと思いつつAIに質問してみたところ、
そのような事実は確認できず、これは「地形の誕生神話」的な表現と考えられます。
とのこと。
分かっているよ。
でも、この地にはこの地なりの歴史的背景があるのかどうかが気になるのだ。
歴史的背景を考えると、徳川家康がやってきて、「江戸」になる前のこの地域は、葦が群生するだけの湿地帯だった。
そこに聖なるお寺を建設することにしたら、まずは土台となる湿地から浮き上がった土地、できれば少し小高い場所が必要だと思う。
つまり、古墳のように土を集めて作ったのでは?
なのでもう一度AIにそう聞いてみたところ、
■ 地形としての待乳山
**待乳山聖天**がある場所は、
もともと隅田川沿いの低湿地の中にぽつんと残った自然の微高地です。
地質的には、武蔵野台地の縁の残丘
沖積低地に取り残された“島状地形”
と考えられています。
■「盛土」の可能性は?
(中略)
つまり、基本は自然地形。
完全にゼロから築いたのではなく、
もともとの小高い丘を盛土で高くする
平坦に削る
周囲を埋め立てて相対的に高く見せる
こうした加工は十分あり得ます。
古代〜中世の寺社ではよくあることです。
おお、便利だな、AI。
湿地帯に誰かが作ったのか?
古代の東京を知るうえで、もともと「湿地帯」で何もなかった場所だったことは、重要。
その視点に立って東京に残る古い神社仏閣のなりたちを考えると、現在のたくさんの人でにぎわう浅草とは全く違う景色が見えてくる。
湿地帯で人が住めないような場所にだって人は住んでいた。
そこに飛鳥時代に忽然と山が現れて聖地ができた。
たぶん、人の手を多少加えて山を作ったとしても、当時の人たちからすれば、救ってくれる存在(観音様)がそこに立っていると信じたくなったことだろう。
金の龍が作った云々は、妄想好きの私でも、さすがに神話的アレですねと思うけれど。

たとえば修行をして別の領域に意識を持つことが出来るようになった人は、深い瞑想のなかで、この物理世界とは違う次元の何かを見れるのかもしれないと思っている。
だから完全に否定する気はなく、そんな存在を信じて、できれば感じることが出来る人間でいたいと思う。
だから、「湿地帯に金の龍が現れて山が突然できた」という一文を、はいはい、と片付ける気持ちにはまったくなれない(苦笑)
浅草寺より古い歴史を持つ
それにしても浅草寺の山号(金龍山)の由来となったのがここだったとは。
そして、浅草寺より古い。
(待乳山は595年9月に出現。浅草寺は628年に観音様が見つかった)
この寺は隅田川べりの小高い丘(待乳山)にあるが、この丘は595年(推古天皇3年)9月に出現して龍が守護したと伝えられ、浅草寺の山号(金龍山)の由来となったと伝えられる。
とはいえ595年と628年の30年は史実に誤差もあるかもしれないから、ほぼ同時期と考えられるのかなと。
湿地帯の聖なる山に観音様が現れる→そのそばの川で別の観音様が引き上げられる。
というのは、当時このあたりにいた人たちにとって、とてつもないことが起きていたわけで。
なんでこの時代に?
そしてなぜここで???(湿地帯しかないはずの場所に??)
実はそのヒントになることを、昨日、当時の東京界隈のことを調べていて見つけまして。
私も知らなかった歴史のうねりが奈良から届いていたことと、きっと関係があるのだと。
ふふふ。
これは別記事で掘り下げる予定。
とまあこだわりの記事はここまでとして、待乳山聖天の案内を。
待乳山聖天のおすすめポイント
こちらの観音様の像は「出世観音」様。
この旅では初日から愛宕山の出世の階段を上ったり、人生が変わるほどの仕事などで成功すると言われている三峯神社に行ってきたりと出世づいていたが、最終日にも「出世」に出会えるなんてと感動。

境内各所に印されてあります巾着や大根は、御信心をされて祈願することによって得られるその御利益を端的に表したものです。
大根は身体を丈夫にしていただき、良縁を成就し、夫婦仲良く末永く一家の和合を御加護頂ける功徳を表しています。
巾着は財宝で商売繁盛を表し、聖天さまの信仰のご利益の大きいことを示されたものです。
実際に巾着のモチーフだけじゃなく、実際の大根もありまして。

そして本堂でお参りをしている時、「札幌から来た」と伝えると、とても驚かれまして(どうしてだろう笑)
それはご苦労様ですと、なぜかお菓子をいただきました(笑)
なんてあったかい場所なのだと感動。
次は、招き猫の発祥の地とされる今戸神社(*^^*)
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