奈良と京都の宮殿を巡る旅【2024-4】❹石舞台と飛鳥の罠に嵌り助けられたこと
まずは石舞台ですよ
私にとって奈良は「石舞台」と「三輪山」。今回の旅でどちらも巡ります。
長い間の夢が叶う。ワクワクしかないですよ。

(運転免許証を持っているのは姉だけ)
石舞台に着いたよーー。
まずは石舞台駐車場で「飛鳥王国」パスポートを購入。

お値段は百円でございます。
古代飛鳥王国の住人になった気持ちを味わえる優れもの😆
飛鳥王国パスポートでは、周遊モデルコース、観光ポイント、インフォメーション、マップ情報などが満載されています。
石舞台古墳、高松塚壁画館、県立万葉文化館、飛鳥寺、橘寺、岡寺、犬養万葉記念館、飛鳥資料館などの入山、入館割引券付きです。
今回の旅だけではなく今後も巡る予定なので、必須アイテムっす。



先に入っていたご婦人たちの何かの儀式が終わるのをじっと待つ(苦笑)

よほど位の高い人だったと思われ。
それが、覆っていた山の土を剥がされたのだから。
時の権力者なのか、それとも住民たちからなのか。
敵視されていたのでしょう。
石舞台レポートも書きました。
ちなみに私は天武派で、かつ天武を擁していた蘇我氏派です(派というか、
単に好きなだけ)↓
酒船石遺跡へ行くはずが罠にはまる
私が行きたかったもう一つの遺跡、それは「酒船石遺跡」
アニメや映画「里見八犬伝(薬師丸ひろ子主演)」などに、怪しい力を持った魔性の石的なイメージで登場する不思議な遺跡。
詳細はこのあと書きますが、とある理由からこの旅ではたどり着けず、改めて6月に一人で行きました。↓

酒造りのための溝だとされますが、んなあほな!ってレベルの溝の浅さ。
むしろ、ブラタモリで説明していた笹舟で占っていた説を推したい。
これが問題の奈良の細い道なのですが。

実はこの写真も6月に撮りました。
(4月のときは慌てていて写真撮る余裕がなかったため)
酒船石遺跡へ行く道をナビっていたのですが、めちゃくちゃ狭かった。
(のちに大通りもあったことを知る)
上に掲載した写真でもわかる通り、細くて車が一台やっと通れる狭さ。
しかも、曲がりくねっており、その両側が30から70センチほどの深さの溝!
なにこれ、罠? 敵に備えているの?
と思った方、正解!
罠について説明しよう
事件(正確には脱輪事故)のあらましをレンタカー屋さんに伝えた時、車の傷をチェックしながら係員さんが言いました。
「あの辺の宮殿へ続く道は狭いんや。馬がやっと通れるレベルで。しかもな、敵に攻めらる時に少しでもその勢いを削ぐため、わざとにグネグネ曲げとるんや」
そういうことでしたか。なぜこんなにグネグネ小刻みにカーブを作るのよぉと思いましたよ。
「まっすぐの広い道なら、敵さんが馬で一気に攻めてきよるやろ?
そしたらあっちゅうまに城(宮殿)落ちてまうからな。
一頭ずつしか通れんで、しかもスピード落とさなあかんようにぐねぐねの道をわざとつくったんや。防御のための戦略やな」
でもそれって飛鳥時代の話でしょ?広い道路に作り直せばいいのでは?
「奈良はな、工事しようと土掘るとなんか(遺跡や遺物)が出てしまうんよ。土器のかけらの一つも出てきたら発掘調査せなあかんって法律で決まっていてな。しかも最初に掘った企業が発掘代出すことになるから、だーれも怖くてあの辺の道路を拡張しようとは思わんわ」
なるほど~。勉強になります!
「まあ、地元の人でも通るの大変やから、北海道の広い道路に慣れている人にあの道は無理やな」
はい。
次回からは自転車にします。
※なんちゃって奈良弁ですみません(うろおぼえ)
で、結局何があったのかというと(この旅一番のアクシデント)
もうね、そりゃあ、ハマるよねって感じで、見事に脱輪しまして。
ずっとこの細い道を進んでいたのですが、半分くらいは頑張ったの。
でもね、右カーブからのすぐ左カーブ曲がるタイミングで、落ちたよね。
もう一度現場の写真を掲載(笑)↓

現場はあの奥のクネクネカーブっす。
一旦右に曲がってそのまますぐに左に曲がったところ、こちらからみて左側の溝、
車の右後ろタイヤがこの30センチ強の溝に落ちました😅
いやはや、落ちると思っていました。
全員がそう思うほど見事に落ちました(苦笑)
溝が浅ければ脱出できたものの、タイヤから溝の底まで20センチほど浮いており。何度か持ち上げようとするも女三人では歯が立たず。
で、レンタカー屋さんに連絡し、指定されたところに電話をしてレッカーを呼ぼうとしたのですが。
その狭い道ではレッカー車が近くまでいけません問題が勃発!
そりゃそうだ(苦笑)
姉がそのことで電話にかかりきりでいると、まあまあ離れた場所にあった飛鳥宮殿跡地あたりから、私たちに手を振る人を発見。

ランナーのおじさんはこのあたりにいて、遠くの道にはまる我々を見ていたわけで。

これはもしや、大海人皇子?(結構おじさんだけど)
私は額田王?(てへぺろ)
これはもしや「君が袖振る」の再来??
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
その方はたまたま通りかかり、私たちを助けにきてくれた地元のランナー。
だがしかし、後輪が浮いてしまって何ともしがたい。
何か噛ませるものがあれば…と話していると、反対側の道からいかにも地元の方的な人が「大丈夫か~」と走ってくるではないですか。
しかも近くに来て一瞬見て状況を把握したらしく、ちょっと待ってろと去っていき、わずか数分で複数の土嚢を持参してくださり。
神!!!!
奈良におわします神々の化身が今ここに降臨す!!
土嚢を噛ませて、地元のおじさんと我々が押し、ランナーのおじさんが運転して右の後ろタイヤ、無事道路に復活!
しかも、にっちもさっちもいかない状態の私たちのために、おじさんふたりで協力して(一人はドアを開けて後ろを見ながら見事なハンドルさばきでバック、一人は道路状況を後から細かく指示)大きな道まで車を戻してくれたのです。
神よ、神。おお、神よ。
いにしえよりこの奈良におわします大神よ。
感謝の舞を捧げたい。
これでコーヒーでも飲んでくださいとお札を渡そうとするも固辞され、ふたりはさっそうと去っていきました。
「よい旅を~」と手を振る爽やかな笑顔を永遠に忘れまい。
何事もなかったように飛鳥寺に行く
とてもじゃないけれど、別の道でいいから酒船石遺跡に行ってほしいなんて口が裂けても言えない。

ブラタモリでそばまで行けていた~(一般的には柵のこちら側から見る)
酒船石遺跡、姉と姪っ子にも見てほしかったなと思うけれど。脱輪したのも理由があることだ。私は諦めは早いのだ。
「さあ、飛鳥寺、いこっか!」と満面の笑みの私に
「そのナントカ遺跡は行かなくていいの?(語尾がちょっと怖し)」と姉。
「大丈夫!アクシデントで時間もくっちゃったし、いいの、いいの!」
こうして何事もなかったように、飛鳥寺に向かったのであった~
日本で最も古いお寺の飛鳥寺

あのままだと、レッカー車が来るまで一時間以上かかったらしいから、
無事に来れてほんとうに嬉しい。
蘇我馬子が発願し、第33代推古天皇4年(596)に創建された日本最初のお寺です。

奈良と鎌倉の大仏は皆様ご存知かと思いますが、
飛鳥の大仏が一番古いのです。
国の重要文化財にも指定されていますが、鎌倉時代などの戦乱に巻き込まれて一部が消失したりしたため、国宝にはならないとのこと。
ちょっと残念ですよね。
でもおかげでこんなにもおそばに近づけてありがたいかな。
お庭には、乙巳の変(私的には大化の改新)の時に亡くなった蘇我入鹿の首塚があります。
なんだか悲しくなるので、近づきませんでした。
ということで、まだまだ予定は山積みなので、大神神社に向かいます~
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