ベトナム戦争の地雷やトラップのお話
以前、Mikiko様のベトナム共和国(南ベトナム)のオーラルヒストリーの『私は疲れない』というお話で取材した内容と同じトラップがでてきました。
Mikiko様の翻訳の引用
人の足跡ひとつない、滑らかに磨かれたような小道。コマンド部隊兵士としての第六感で、ここに地雷があると確信した。足元でかすかな音がした瞬間、私の身体は凍りついた。私は部隊全体に後退するよう合図した。私の足の下には、何らかの種類の地雷がある。
目を閉じて祈る。わずかに足を持ち上げる。爆発しない。どの種類の地雷なんだ?
私は銃剣を抜き取り、そっと周囲の土をかきわける。二重になった電線があった。
銃剣を使って電線を一本ずつ切断した。しばらく掘り返していると、簡易な電気起爆装置の一部が出てきた。回路の両端には、上に一枚、下に一枚のスズ板があり、12ボルトの電池と繋がれていた。電線は、ズオイ(duối)の木が最も密集している茂みへとまっすぐに伸びていた。私はその茂みをかき分けた。高さ1メートル以上もある175ミリ砲弾が堂々とそびえ立っていた。それは米軍の砲兵の不発弾で、北ベトナム軍が持ち帰って信管を取り替えたものだった。
あの時、もし私がもう少し強く足を踏み込んでいたら、部隊は全滅していただろう。
それに、もし、私の銃剣が、あの二枚のスズ板(訳注:電気回路の両端、起爆スイッチ)に同時に触れていたら?
背筋がぞっとした。あのティエンザン省バンロン(Bàng Long)での偵察任務は、私にとって生涯消えることのないトラウマとなっている。
この文章を見て、ベトナム共和国兵に取材した時にでてきた小隊地雷だと思いました。
この仕組みの地雷はベトナム戦争中に凶悪なトラップの1つで、取材時にベトナム共和国兵(南ベトナム兵)や南ベトナム解放民族戦線、南ベトナム解放軍(北ベトナム兵)でもたびたび出てきます。
また、この地雷はベトナム人民軍戦術教本にもでてくるほど有名なトラップだったそうです。

砲弾地雷として説明されている。
この地雷に関してのお話(差別用語が入りますのでご了承ください)
南ベトナム解放軍兵士(ビンディン省)
250kg爆弾は恐ろしい爆弾だったが、それはきっとアメリカ兵やサイゴン軍(南ベトナム兵への蔑称)もそうだっただろうな。
俺たちは250kg爆弾の不発弾を見つけると信管を取り換えて埋めるんだよ。
普通の地面には埋めてはならない。田んぼの畦道の近くに埋めてその近くを歩兵地雷の地雷原にするんだ。
~中略~
敵が畦道の地雷をどけるまたは作動させたとき、重さを利用した地雷が起動して250kgが作動するんだ、うまくいけば敵部隊がまるまる消し飛んだよ。
南ベトナム解放民族戦線(ビントゥアン省)
攻撃をした後に地雷の仕掛けた森へ逃げるんだが、装甲車や戦車が追撃にくる場合がある。
この時に対戦車地雷の下に砲弾を埋めた地雷を使用したんだ。
この仕掛けを作るのは非常に難しく、埋める際に黒服の三線野郎(南ベトナム自警団への蔑称)や警察(南ベトナムの国家警察)に見つかったりするとだめなんだ。基本的には民間人に金を渡して頼み、砲撃の穴に砂をかぶせて埋めると称して穴を埋める際に何個か不発弾を埋めさせてそこに仕掛けを作った。
夜の奇襲だとうまくいくな。戦車や随伴兵を一緒に倒すことができた。
ベトナム共和国兵(ティエンザン省カイベ―付近)
ベトコン(南ベトナム解放民族戦線や北ベトナムへの蔑称)の仕掛けるあの小隊地雷は本当に厄介だった。分隊を吹き飛ばすので小隊そのものに影響が出るからだ。
聞いた話だと、木の下にある手ごろな石に荷物をおいたら木と共に分隊を吹き飛ばしたという話や、地雷を持ち上げた瞬間に作動したというのがあった。
部下には石に座るなとか、足が濡れないように畦道の木の板は踏むなと説明していた。
ほかにもちょっとした話があるのですが割愛します。
今後書く予定ですが、艦艇を沈めた英雄のレバウック大佐もブービートラップに精通しており、アメリカ軍を苦しめていたのですがこれらも目覚まし時計やスクリューシャフトを利用した爆弾を利用しています。
ちなみに、ファンティエットの海に春は来ないに出てきた『蹄鉄地雷』ですが、これはベトナム戦争中アメリカ軍とベトナム共和国軍が使用していた、M14 地雷のことを指します。

ミーちゃんとホーチミン市の戦争証跡博物館に行ったとき、蹄鉄地雷に反応していっぱい説明してくれました。

