カールマルクスが渋谷に転生した件31 マルクス、ネタバレをくらう
マルクス、反芻する
投票日から3日後の夕暮れ。さくらの祖母の経営するゲストハウスの離れに、疲れ切った面々が集まっていた。
「32パーセント…」
マルクスは髭を撫でながら、選挙結果の新聞記事を見つめている。
「大健闘だと思いますよ」
さくらが豆茶を差し出す。
「でも、なんかモヤモヤするんです。木下さんが言ってた"おかしなデータ"のこと」
その時、玄関のチャイムが鳴る。
「僕が」
ケンジが立ち上がろうとした時、既にさくらの祖母が応対している様子が聞こえた。
そして数分後—
「失礼します」
凛とした声と共に、スーツ姿の女性が入ってきた。完璧に整えられた黒髪、厳格な表情。まるで官僚のような佇まいだ。
マルクス、今回も激昂する
「堅木...京子と申します」
一礼した後、彼女は真っ直ぐにマルクスを見つめた。
「私は...中池陣営の選挙戦略を担当していました」
堅木の言葉に、部屋の空気が凍る。マルクスは思わず立ち上がりかけたが、さくらが制止の手を上げる。
「木下さんとの匿名のやり取りも、私です」
堅木は背筋を伸ばしたまま、淡々と続ける。
「中池候補は当選しました。これで、私の仕事は完了です。その上で...」
一瞬、彼女の表情が揺らぐ。
「私たちは、選挙期間中、大山候補の支持者を分断し、西野候補との票の奪い合いを誘導。更に56人もの候補者を...」
「待て!」
マルクスの髭が逆立つ。
「それはつまり、民主主義のプロセスそのものを商品化し、操作可能な...」
「はい」
堅木は淡々と頷く。
「まさに、商品の物神的性格の政治版です。マルクス先生」
全員が息を呑む。
「私は...政治戦略の専門家として、最も効率的な勝利の方程式を組み立てました。データ分析、心理学、経済学...あらゆる知識を動員して」
堅木の声が少し震える。
「でも、その過程で気づいたんです。私たちは民意を"商品"に変えている。票を、ただの数字に還元している。これは...」
「疎外だな」
マルクスがゆっくりと言う。
「君自身も、自分の知性や技術から疎外されている」
「はい」堅木は小さく頷く。
「しかし」木下が静かに口を開く。「なぜ私たちに打ち明けようと?かなり危うい情報ですよね」
堅木は一瞬目を伏せ、それから凛とした表情で答えた。
「共和民主党に...未来はないと痛感したんです。中池さんに従うほど、それが明確になっていって...」
彼女は言葉を選びながら続ける。
「せめて...敗者に真実を。これは、身勝手な罪悪感の軽減かもしれません」
「では」
堅木は丁寧に一礼して立ち上がる。
「失礼します」
「待って!」
さくらが突然立ち上がり、堅木の袖を掴んだ。
「堅木さん」
さくらは真剣な眼差しで言う。
「あなたの知識と経験...その痛みさえも、きっと未来を変えるために必要なんです」
堅木は困惑した表情を見せる。
「私は...敵だったんですよ?」
「敵?」さくらが首を振る。「私たちが目指すのは、敵味方の二項対立を超えた新しい政治のはずです」
「なに!?」マルクスの髭が驚きで震える。
「さくら!あの手法を使った張本人を...」
「でも」さくらは真剣な表情で言う。「堅木さんは、システムの内側から、その矛盾を一番よく知っている。その知識は、次の戦いできっと...」
マルクスは深いため息をつく。
「確かに...エンゲルスだって、最初は工場主の息子だった」
堅木は困惑した表情を見せる。
「でも、私は中池さんを勝たせました。あなたたちを騙し、票を操作し...」
「そう」さくらが頷く。「だからこそ、次は私たちと一緒に、本当の民主主義を作りませんか?」
夕暮れの光が部屋を赤く染める中、新たな連帯の可能性が、静かに芽生え始めていた。
マルクス、少年漫画みたいな展開になる
「で、これからどうします?」
ケンジが遠慮がちに切り出す。夜も更けてきた離れの和室で、メンバーは車座になっていた。
「衆議院選までは、まだ時間がありますからね」
堅木が分析的な口調で言う。
「最短でも2年は解散しないでしょう」
「アップデートが必要だな」
マルクスが髭を撫でながら言う。
「西野君は?」
「大学での活動に専念するそうです」さくらが答える。
「『まずは足元から。研究費削減に対する具体的な対案を示したい』って」
「ふむ」
マルクスは深く考え込む。
「確かに...私たちの理論も、現代に即してアップデートが必要かもしれん」
「アップデート?」木下が顔を上げる。
「そう」マルクスの目が輝き始める。
「かつて私は工場労働を分析した。だが今や、労働の形は大きく変わっている。データという新しい商品、プラットフォームという新しい生産様式...」
「あ!」堅木が突然声を上げる。
「選挙戦で使ったAIのデータ分析...あれを応用すれば、現代の搾取の形を可視化できるかも」
「おお」マルクスが身を乗り出す。
「データで示せば、より説得力が...しかし、それは新たな監視や管理の手段にもなりかねない」
「だからこそ」木下が静かに言う。
「僕らのアプリを、もっとアップデートする必要があるんです。データを使いながら、でも人々を管理するんじゃなく、解放するために」
「わかった!」
ケンジが立ち上がる。
「Das Kapital TVも、これまでの総集編と、新しい理論の発信と...」
さくらはふと、窓の外を見た。渋谷の夜景が、いつもより輝いて見える。
「私たち、ちゃんと成長してるのかも」
「ああ」マルクスは優しく微笑む。
「エンゲルスとの理論構築にも、時間が必要だった。急がば回れ、というやつだ」
堅木が小さく呟く。
「理論と実践の...弁証法、ですね」
マルクスは思わず吹き出した。
「君、わかってるじゃないか」
和やかな笑いが、夜更けの離れに響く。彼らはまだ知らなかった。この「充電期間」が、とんでもない展開を生むことになるとは—
