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【短編小説】あなたはまだ認証されていません

「あなたはまだ認証されていません」

青白い光に照らされた夜のワンルーム。
森田琴音はスマートフォンを見つめたまま、自分の存在が否定されたような虚無感に沈む。世界から承認されていない感覚。存在していても存在していなくても変わらない。

「認証を受けると、返信の強化、アナリティクス、広告のないブラウジングなどを利用できます。今すぐプロフィールをアップグレードしましょう」

もしアップグレードすれば、世界は彼女を認めてくれるのだろうか。琴音は暗がりの中で微笑む。滑稽だ。他人を評価する毎日を送る自分が、SNSにすら対価無しでは認証されない。


大手通信会社のカスタマーサポート評価課。琴音は派遣社員として、オペレーターの対応を数値化する仕事をしている。

彼女はヘッドホンを耳に当て、オペレーターの通話記録を聴く。「高齢者詐欺が増えていますから、ご家族にも相談してくださいね」」

一時停止ボタンを押す。マニュアルにはない言葉だ。「65/100」と入力。この数字が佐伯和哉の価値なのか。そんなはずはない。こんな仕事に意味はあるのか。

それでも琴音の指は次の評価へと移動する。世界が彼女を認めないように、彼女も世界の誰かを数字に還元していく。

メールを確認すると「派遣契約更新審査:業務効率評価」の通知が届いていた。皮肉だ。彼女もまた、数字に変換される側なのだ。


部署のドアが開き、紺のスーツの女性が入ってきた。短く切りそろえた黒髪。

「警視庁の木村です。電話詐欺の件で調査に来ました」

最近、同社のサービスを装った電話詐欺が高齢者を中心に多発しているという。犯人は会社の顧客情報を入手している可能性があるらしい。

「過去一ヶ月の高齢者対応記録を確認させてください」

琴音はデータを抽出しながら気づいた。

「佐伯が対応した顧客には、被害者がいません」

「それは興味深いですね。その通話、聴かせてもらえますか?」

会議室で二人は記録を再生した。佐伯の声は温かく、マニュアルの枠を超えていた。「最近、変な電話はありませんでしたか」「通帳の暗証番号を聞かれたら、絶対に教えないでくださいね」

木村は黙って聴き、静かに言った。「彼は声の向こうに人を見ているんですね」

琴音は驚いた。それは自分が感じていた違和感そのものだった。

「私たちの仕事は似ているかも。人を評価する。でも数字だけでは、見えないものがある」

夕刻、近くのカフェで。雨が窓を叩く。

「過去に担当した詐欺事件の容疑者、私は彼を単なる犯罪者としてしか見てなかった。でも話を聴くうちに、彼が罪を犯した背景が理解できた。」

木村は黙り、窓の外を見つめた。雨粒が硝子を伝い落ちる。

「それで気づいたんです。ファイルの向こう側に人がいることを」

木村の言葉が琴音の中で反響した。


翌朝、琴音は佐伯の通話記録を全て聴き直した。マニュアル逸脱の背後にあったのは、丁寧な人間観察だった。顧客の不安を察し、さりげなく守る言葉。数値では測れない温かさ。

評価を書き直す。「マニュアル逸脱」ではなく「状況に応じた適切な対応」。

「何をしているんですか?」上司が尋ねた。

「人を見ています」


その日の午後、情報漏洩が発覚した。いつも「完璧な対応」だった別のオペレーターが、高齢者の個人情報を詐欺グループに売っていた。
そして佐伯の「逸脱」対応が、多くの高齢者を守っていた事実が明らかになった。

琴音は、「評価システム改善」の特別チーム
として正社員登用されることになった。

だが、彼女は断った。

「評価システムの中では、結局私もまた数字になる」悩んだ末の結論だった。

夏の始め、琴音は派遣社員証を返却した。


琴音は、商店街の一角に「音色」というカフェを開いた。木村が時々立ち寄り、定年を迎えた佐伯とその友人らも常連として訪れるようになった。

「森田さんのコーヒーはね、話を聴いてくれるみたいで温かいんだよ」と老婦人は言う。

雨の日、見知らぬ若者が訪れた。

「口コミサイトで見つけました。『星5つの居心地の良さ』って」

琴音は微笑む。評価を拒んだ彼女の場所が、別の形で評価されている。
皮肉だが、それも受け入れよう。数字の裏側に人を見るように、評価の裏側にある言葉を大切にすればいい。

窓の外で雨が上がり、夕陽が差し込む。スマートフォンの通知音が鳴る。

「あなたはまだ認証されていません」

琴音は笑って通知をオフにし、新しく入ってきた客に挨拶した。もう、誰かの認証は必要なかった。

この空間で、彼女は確かに存在していた。


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