【連続短編小説】今日、歴史が終わった 1989-2020 第1話
あらすじ
これは、100人による、100の立場の、100年の物語である。
現代社会の多様な職業や立場にある人々の、内面的葛藤と選択を描く連作短編集。
国際政治学者、製薬研究者、教師、財閥の令嬢、就活生、音楽家、建築家、定年退職者……。
彼らは、それぞれの仕事と人生のあいだで「意味」を問い続け、「意志」を繋いでいく。
知識の価値、選択の自由、世界への愛、公共性の意義。
日常の裂け目から立ち上がる普遍的テーマが交錯し、物語は偶然の出会いを通して緩やかに結びついていく。
誰だって、何かを抱えて生きている。
これは、「働くこと」、「生きること」、そして「知ること」をめぐる、私達の小説群である。
※1989-2020までの31編を収録
第一話 今日、歴史が終わった
今日、歴史が終わった。
城ノ内修平は、ソファに深く沈んでいた。
テレビには「緊急速報」の文字が点滅している。
「速報です。ベルリンの壁が崩壊。東ドイツ政府は統制を失い、国際秩序に激震が走っています」
映し出されたのは、燃え上がる官庁街。逃げ惑う市民。
すべて、彼の論文通りだった。
城ノ内は国際政治学の若き准教授である。
半年前、『覇権の終焉と歴史の終結』という論文を発表した。独自の数理モデルで、東ドイツの崩壊を皮切りに世界が自由民主主義へと収束していく過程を描いたものだ。
「歴史は、イデオロギーの闘争の連続だった。しかし東ドイツの崩壊を契機に、世界は最終形態へと向かう。これこそが真の“歴史の終わり”である」
論文には精緻なタイムラインがあった。東ドイツの崩壊、東欧諸国の政変、バルト三国の民主化、主要国の金融政策の転換、ユーゴスラビアでの武力衝突、そしてソ連の解体――。
査読者たちは冷たかった。
「根拠が薄弱」「理想主義的すぎる」
論文は掲載を拒まれ、無名な学術誌の片隅に埋もれた。
だが今、世界はその通りに動き出していた。
翌日、研究室に現れたのは、スーツ姿の男だった。田辺と名乗る男の名刺には、政府機関の名前が記されていた。
「なぜ、壁の崩壊を予測できたのですか?」
田辺は城ノ内のデータと分析手法について、執拗に尋ねた。
その背後には、見えない権力の気配があった。
彼の理論が、やがて政治の道具として使われるかもしれない。
その後も、予測は現実になり続けた。
東欧諸国の政権崩壊。バルト三国の民主化デモ。主要国の金融政策転換。ユーゴスラビアの武力衝突。
すべてが、論文通りだった。
メディアでは彼の名前が拡散し、「預言者」「時代の先見者」ともてはやされた。
電話は鳴り止まず、テレビ局からの出演依頼も次々と舞い込む。
しかし、城ノ内は震えていた。
これは予測ではない。呪文のようだ。
彼の言葉が、世界を動かしているのではないか。
彼の論文が、世界の体制を収束させ、「歴史の終わり」を現実にしてしまっているのではないか。
夜が更けても、眠れなかった。
城ノ内はパソコンに向かい、新しい論文を書き始めた。
タイトルは『新世界秩序の誕生――歴史の終焉』。
「自由民主主義への収束は不可避である。各国は段階的に……」
だが、指は途中で止まった。
窓の外には星がまたたいていた。
無数の可能性を秘めた宇宙のように、人類の歴史もまた、定められた未来に還元されるものではないはずだ。
もし自分の言葉が未来を決定するのだとしたら──
この“歴史の終わり”は、果たして本当に望ましいのか?
彼は、書きかけの文章をすべて削除した。
ディスプレイには、黒い画面が広がっていた。新しいドキュメントを開き、タイトルを打つ。
『歴史について』
そして、ゆっくりと書き始める。
「歴史とは、予言されるものではない。」
「どんな理論も、人間の可能性を奪うことはできない。どんな未来予測も、人間の創造性の前では仮説にすぎない。」
「歴史は終わらない。人類は、常に歴史を創り続けるからだ。」
朝日が窓から差し込み、彼の顔を照らした。
それは、始まりの光だった。
「今日、歴史が終わった 1989-2020」各話リスト ※随時更新
繋がりのある短編集ですが、1話以外は話数はありません。
どこから読んでも、全部読まずとも大丈夫です。
ジョジョと同じです。
また、各話のタグに物語に視座をくれた哲学者を記載しています。
1980s
【1989】 今日、歴史が終わった
1990s
【1990】 カネもツラもいつかはなくなる
【1991】 舞姫が消えた理由と残る理由
【1992】 全ては流れ、転がり続ける
【1993】 ないものは売れない
【1994】 まあ、なんとかなるよ。心配すんな。
【1995】 僕らは悩む、だからここにいる
【1996】 過剰に華麗な単純さ
【1997】 鉛の呼吸と路上の盆栽
【1998】 底なし沼にも底はある
【1999】さよなら、ノストラダムス
2000s
【2000】小さき光が嫌われても
【2001】世界を壊すのは簡単だ
【2002】誰が語るのか、誰が沈黙するのか
【2003】アイデンティティが無い、生まれない
【2004】超超超、気持ちいい
【2005】虚像の虚像と間の虹
【2006】テーブルのない世界
【2007】生類憐みの令は現行法だとやや過剰
【2008】水の都のような恋
【2009】赤黄色の金木犀と茜色の夕日
2010s
【2010】生きられたフィルムケース
【2011】運命はかように扉を叩く
【2012】勘弁してくれよ、神様
【2013】神マストダイ
【2014】なんてったって完璧なアイドル
【2015】都か 区か 奉か 公か 人か 間か
【2016】分からないなら、続けよう
【2017】言の葉は静かにそよぐ
【2018】違いの分かる男は、白い息を吐く
【2019】曲がったことが大嫌い
2020s
【2020】ありあまる富の耐えられない軽さ
第1部 全31話
2部 今日、歴史が終わった 2021-2051
3部 今日、歴史が終わった 2052-2089
