カールマルクスが渋谷に転生した件 4 マルクス、迷惑系YouTuberになる
マルクス、はじめての動画
「え...この箱に、私の姿が保存されるというのか?」マルクスは困惑した表情で、ビデオカメラを覗き込んでいた。
渋谷のレンタルスタジオで、さくらの友人で学生YouTuberのケンジが機材をセッティングしている。白い背景には『Das Kapital TV』の文字が掲げられていた。
「写真はわかる。ダゲレオタイプを見たことがある」マルクスは髭をいじりながら言う。「しかし動く写真とは...」
「大丈夫ですよ」ケンジが明るく声をかける。「僕が編集もやりますから。まずは自己紹介から練習してみましょう」
「では...」マルクスは咳払いをする。「諸君、私はカール・マルクスである。今日は資本主義における剰余価値の搾取について...」
「カット!」ケンジが手を振る。「もっとこう...フレンドリーに!今どきの若者に届く感じで!」
「フレンドリーに、だと?」マルクスは眉をひそめる。「しかし、搾取の問題は深刻な...」
「例えばこんな感じです」さくらがスマートフォンを見せる。画面には派手な編集の動画が流れている。マルクスは困惑の表情を深める。
「ふむ...」マルクスは深いため息をつく。「現代のプロレタリアートに届く言葉を選ばねばならないということか」
十回目のテイク。「え~っと...どうも!マルクスでーす!」髭を震わせながら、ぎこちない笑顔を作る。「今日は皆さんと一緒に、楽しく資本主義について考えていきたいと思いまーす!」
本編は予想に反してスムーズだった。
「では、こうやって説明してみましょうか」マルクスは黒板にコンビニの一日の売上を書き始めた。「例えば、君たちが8時間のバイトで時給1000円、つまり8000円の賃金を得るとする。その8時間で店が得る売上は、仮に10万円」
「なるほど」ケンジが頷く。「これなら視聴者もイメージしやすい」
「しかし!」マルクスは声を上げ、ケンジが思わずカメラを構え直す。「商品の仕入れ代や家賃を除いても、君たちの労働が生み出した価値は、支払われる賃金をはるかに超えているのだ」
売上:10万円
仕入れ:5万円
家賃・光熱費:2万円
バイト代:8000円
利益:2万2000円
「この利益こそが、君たちから搾取された剰余価値なのだ!」
結局、30分の予定の撮影は3時間に及んだ。しかし、剰余価値論を現代の文脈で分かりやすく説明することには成功した。
「これは...使える」ケンジが編集画面を見ながら呟く。「タイトルは...『【損してない?】バイト代の裏側を大発見!』...とか?」
「なんとも現代的な...」マルクスは苦笑いを浮かべる。
マルクス、潜入取材へ
「ほう、これを身につけて撮影するというのか」マルクスは興味深そうにウェアラブルカメラを覗き込む。「これぞまさに、現場からの実践的批判というわけか」
ケンジが言う。「視聴者を増やすのに手っ取り早いのは、まずは過激な企画っす」
「私の高尚な理論を消費コンテンツにするのは抵抗があるが…やむを得まい」マルクスがため息をつく。
「いらっしゃいませー」マルクスの胸元に小型カメラを仕込んだまま、深夜のコンビニ勤務が始まる。
「ご覧ください、諸君」小声で解説を入れる。「この時間帯、店員は私一人。まさに人件費の極限までの削減...おっと、お客様が」
明らかに泥酔した会社員が、商品棚の前でふらついている。
マルクスは独り言のように呟く。「彼もまた、過酷な労働の疲れを、アルコールで紛らわせているのか。
しかし諸君、この商品を見てほしい。この『おつまみセット』、原価はわずか...」
「マルクスさん!」イヤホンからケンジの声。「商品の原価は言っちゃダメですよ!」
「む、むん...申し訳ない。しかし!この価格設定にこそ...」
その時、レジの呼び鈴が鳴る。「すみませーん、おでん、全種一個ずつで!」
「承知...しました」マルクスは動揺を隠せない。「しかしこれは...深夜の温かい食事を提供するという意味では、労働者のための...」
「マルクスさん、おでんが焦げ始めてます!」
慌ただしい深夜勤務の中、マルクスは従業員トイレで小声で解説を続ける。「諸君、注目してほしい。このシフト表を。これこそ、現代における労働時間の...あ、すみません、お客様が」
編集された動画は大反響を呼んだ。
『【潜入】深夜バイトの知られざる実態!史上最強の経済学者がコンビニで発見した資本主義の真実』
再生数:105万回
コメント欄:
『まさか深夜バイトにマルクス先生が...』
『髭が気になって商品が見えない』
『このおじさん、ガチで接客うまくて草』
『経済学の教科書より分かりやすい』
「見ろよ、これ」「マジでマルクスじゃん」「うちの店かも」
コンビニ業界で話題となり、バイト仲間の間でも噂が広がっていく。
「マルクスさん、大変です!」さくらが慌ててスマートフォンを見せる。画面には、ウェアラブルカメラを使用した撮影の禁止と、SNSでの店舗情報の発信を制限する通達が表示されていた。
「なるほど」マルクスは静かに髭をなでる。「資本は、自らの矛盾が暴かれることを恐れているということか」
「でも、次の企画もあるんです」ケンジが目を輝かせる。「今度は、某有名ファストフード店で...」
マルクス、逮捕される
『【潜入】ワックの裏側に迫る!規格化された労働の真実とは』
再生数:157万回
「諸君、注目してほしい」マルクスはフライヤーの前で小声で解説を続ける。「このタイマーを見たまえ。まるで19世紀の工場のように、労働者の全ての動作が時間で管理されている」
「マルクスさん、ポテトの温度計測!」キッチンの向こうから声が飛ぶ。
「諸君、このポテトの調理時間175秒という数字をご覧いただきたい。これこそが現代における...」
マルクスはポテトを揚げながら解説を続ける。「しかしこの非人道的な175秒という数字には、科学的根拠が...」
休憩時間、スタッフルームで突然立ち上がったマルクスは、ホワイトボードにポテトの調理工程図を描き始めた。
「同志諸君!我々の労働時間は秒単位で管理され、創造性は完全に奪われている!このポテト一つを取ってみても、その調理プロセスには...」
「マルクスさん、まずい!」イヤホンからケンジの必死の声。「警察が...」
その夜のニュース:
『【社会】"カール・マルクス"名乗る男性が逮捕 ワクドナルドで従業員の集団退職を扇動』
「東京経済新聞デジタル 2024年11月21日 23:15
21日夜、渋谷区のワクドナルドで従業員に向けて過激な演説を行い、集団退職を扇動したとして、カール・マルクスを名乗る外国人男性(年齢不詳)が警察に逮捕された...」
スマートフォンの画面を見つめながら、さくらは深いため息をついた。手書きのポテト調理工程図まで証拠として押収され、これを最後に潜入シリーズは断念せざるを得なくなった。
マルクス、スパチャに出会う
「これからは、理論の解説に専念しようと思う」なんとか不起訴となったマルクスは、スタジオで新しい企画を練っていた。
「あ!マルクスさん、スパチャ来ました!」ケンジが興奮した様子で画面を指さす。
「スパ...チャ?」
画面には赤く光るメッセージが流れている。
『マルクス先生の解説最高です!コーヒー代です!』¥500
「なんと!」マルクスは髭を震わせる。「視聴者が私に...お金を?」
その時、さらに大きな金額のスパチャが流れる。
『バイトの搾取理論、本当によく分かりました。大学生の一ヶ月分のバイト代です!』¥50,000
「五万円だと!?」マルクスは立ち上がる。「若き労働者の貴重な...これは返さねば」
「でも」ケンジが困った表情で説明する。「YouTubeの収益って、広告だけじゃ全然足りなくて。スパチャがないと、チャンネルの運営も...」
次々と届くスパチャ。
『私も毎日残業で疲れてます。マルクスさんの動画が励みになります』¥1,000
『資本論、全然理解できなかったけど、この動画で初めて分かりました』¥3,000
「この矛盾よ...」マルクスは髭を掻きむしる。「彼らは搾取に苦しみながら、その搾取で得た賃金を私に...」
その時、新しいスパチャが届く。
『いつも深夜に動画見てます。工場の夜勤中、こっそりスマホで...マルクスさんの話を聞いてると、自分だけじゃないって思えて心強いです』¥500
マルクスの表情が変わる。「なるほど...」
彼は立ち上がると、カメラの前に座った。「同志諸君、私からのメッセージがある。確かに、このプラットフォームは資本主義的だ。スーパーチャットも、間違いなく新たな形の商品化である。しかし...」
「マルクスさん!」さくらが手を挙げる。「私たちで、独自のプラットフォームを作りませんか!?」
マルクスの目が輝き始める。「労働者による、労働者のためのプラットフォームか...」
「手数料も最小限に抑えて、利益は全部支援に回せて...」
「我々には仲間がいる」マルクスは静かに、しかし力強く言った。「Das Kapital TVを支持してくれる同志たちが。この構想を伝えれば、きっと...」
真夜中の渋谷で、新たな革命の計画が動き始めようとしていた。
(24.11.30改訂)
続く
