カールマルクスが渋谷に転生した件 7 マルクス、闘争する
マルクス、結局危険視される
「マルクスさん、大変です!」
さくらが編集部(離れ)に駆け込んでくる。朝の情報番組が、Digital Workers Uniteを特集していた。画面には「危険な匿名告発アプリの実態」という刺激的な文字が踊っている。
『このアプリでは、企業の内部情報が無制限に暴露され...』
『経済活動を著しく阻害する可能性...』
『海外からの工作の可能性も...』
コメンテーターが次々と批判を展開する。特に、「匿名による信頼性のない情報が、健全な企業活動を妨げている」という指摘が目立つ。
「ふむ」マルクスは髭をいじりながら画面を見つめる。「まさに、かつての『資本論』への批判と同じだ」
「でも、アプリのダウンロード数が...」
木下がモニターを指さす。
「放送開始から、急上昇してます」
画面のグラフは、ほぼ垂直に伸びている。
「なるほど」マルクスの目が輝く。「彼らは気付いていない。否定的な報道こそが、我々の主張の正しさを証明していることに」
その時、ケンジのスマートフォンが激しく振動する。
「うわ...マジか」
彼の顔が青ざめる。
「どうした?」
「大手アプリストアから...アプリの削除通告が」
部屋が静まり返る。しかし、マルクスの表情は、むしろ晴れやかだった。
「よし、では準備していた『あれ』を実行しよう」
「えっ?」さくらが首を傾げる。「あれって...」
マルクスはパソコンの前に座る。Das Kapital TVの緊急生配信の準備だ。
「木下君、新システムの準備は整っているね?」
「はい」木下の目が輝く。「誰にも、止められない形で」
マルクス、仕込む
【緊急生配信】
視聴者数:30万人
画面に映し出されるマルクスの表情は、かつてないほど凛々しい。髭を整え、背筋を伸ばし、カメラを真っ直ぐ見つめている。
「同志諸君」
静かな、しかし力強い声が響く。
「本日、我々のアプリはプラットフォームから削除された。資本家たちは、我々の声を封じ込めようとしている」
コメント欄がパニックに包まれる。
『マジか...』
『どうすればいいんだ』
『ここまでか...』
「しかし!」
マルクスの声が強まる。
「思い出してほしい。かつて労働者たちは、工場の外でひっそりと集まり、ささやくように言葉を交わすしかなかった。しかし、彼らは諦めなかった。なぜなら...」
マルクスは一瞬言葉を切り、深くため息をつく。
「なぜなら、人間には譲れないものがあるからだ。自分の労働を、自分の生き方を、自分の人生を、取り戻す権利。それは、誰にも奪えない」
コメント欄が変わり始める。
『マルクス...』
『泣けてきた』
『このおじさん、本物なんじゃ...』
「だから諸君、我々は準備していた。木下君?」
木下が画面に登場する。
「はい。実は私たち、完全分散型の新システムをすでに開発していました」
「分散型?」
「どういうこと?」
コメント欄が混乱する。
「簡単に言えば」マルクスが説明を引き継ぐ。「誰のものでもなく、だからこそ、みんなのものになるシステムだ。プラットフォームに依存せず、データは皆で共有し、守る。まさに...」
「プロレタリアートによる、プロレタリアートのための、デジタルの解放ってわけです」
木下が補足する。
画面にQRコードが表示される。
『団結せよ!2.0』
「諸君」マルクスが再び声を上げる。「私は19世紀のロンドンで、こう呼びかけた。『万国の労働者よ、団結せよ』と」
髭が誇らしげに震える。
「その時は、それは願いに近かった。しかし今、テクノロジーは我々に本当の団結の可能性を与えてくれた。もう誰も、我々の声を止めることはできない」
「だって」さくらが画面に割り込む。「みんなが、みんなのデータを守るんですから」
視聴者数が40万を超える。
コメント欄は熱気に包まれていた。
『ダウンロードした!』
『職場のみんなにも拡散する』
『これって、本当の革命?』
マルクスは静かに頷く。
「さあ、始めよう。真の意味での、デジタルの解放を」
マルクス、反撃する
新システムは、予想を遥かに超える速さで広がっていった。
『団結せよ!2.0』
ダウンロード数:100万突破
「驚くべきことに」木下が報告する。「ユーザー同士でデータを共有し合う形式なので、アクセスが増えれば増えるほど、システムが安定するんです」
「つまり」マルクスが髭を撫でながら言う。「団結すればするほど、強くなるということだな」
【大手IT企業・緊急役員会議】
「止められないんです」
担当者が焦った様子で説明する。
「従来のプラットフォームに依存しない形で...」
「対策を」
「しかし、ユーザーは我々の顧客でも...」
その時、スクリーンに新たなデータが映し出される。
大手企業の労働環境比較データベース。
残業時間、離職率、パワハラ報告数...。
「これは内部告発か!?」
「いや、日々の業務データが少しずつ...」
「株主総会までに対策を...」
【某大手企業の株主総会】
「本日の議題は、SNSでバズっている『ブラック企業リスト』について...」
突如、プロジェクターに労働環境データベースの画面が映し出される。株主たちがざわつく。
「これは会社の評判に関わる」
「人材確保にも影響が」
「対策を」
「いや、改善を...」
渋谷のスクランブル交差点。巨大スクリーンには相変わらず広告が踊っている。
だが、その隣のビルでは、違う光景が。
『一部大手企業、時給1200円→1500円に改定』
『正社員登用枠拡大』
『残業ゼロ運動、経営陣から実施』
編集部の離れで、マルクスはスマートフォンを見つめながら微笑む。
「見たまえ、さくら。システムの亀裂から、新しい芽が生まれ始めている」
「マルクスさん!」ケンジが駆け寄ってくる。「大変です。政府がデジタル規制法案を...」
「なに!?」
マルクスの髭が震える。真の戦いは、ここからだった。
続く
