カールマルクスが渋谷に転生した件 25 マルクス、選挙戦略を立てる!
マルクス、立候補につきそう
都庁第一本庁舎北側25階。
選挙管理委員会の105会議室前には、朝早くから候補者とその関係者が列を作っていた。
「供託金300万円の納付確認が済みました」事務的な声が響く。
マルクスが髭を撫でる。「これぞ資本による民主主義の第一関門か」
「シーッ」さくらが制する。「まだ手続きが...」
「次に、立候補届出書類の確認に入ります」選管職員が淡々と。「まず、選挙運動用通常葉書の申請書、次に推薦届出書、選挙事務所設置届、そして...」
「なんという官僚制...」マルクスの髭が震え始める。
「先生」西野准教授が静かに。「理論は演説で」
受付を終えた一行が、エレベーターに乗り込もうとした時、後ろから声が。
「おや?西野先生」
振り返ると、座間威。国民を守る党の特徴的な青いジャケット姿。
「環境経済学者が都知事に、面白い。ご健闘を」
その笑みには、何か底意があるように見えた。
「なんとまあ」エレベーターに乗り込んでから、マルクスが吐き捨てるように。「あの傲岸な態度。まるで19世紀の...」
「あの」木下がスマホを見つめる。「座間候補、すでにSNSで出馬会見を生配信してます」
画面には、選管前でポーズを取る座間の姿。
『東京の闇を暴く!特に学者先生の研究費の流れが気になりますねぇ』
マルクス、ポスターを貼る
「見て」選対本部に戻ると、ケンジがパソコンを開く。「大山知事のポスター...」
「ほう」マルクスがスクリーンを覗き込む。「これが現代の選挙ポスターか」
画面には、大山知事のポスター案。
プロのカメラマンによる撮影だろう。眩しい笑顔に、完璧な照明。背景には美しい東京の街並み。
『環境と共に、東京の未来を』という洗練されたキャッチコピー。
「中池候補も」さくらがスマホで検索。「若さを強調した爽やかな表情で『次世代の東京へ』」
「で、私たちは...」木下が段ボール箱を開ける。
一同、息を呑む。
西野准教授の引きつった笑顔が、どこか不安げに写っている。背景は少し暗く、なんだか文字も頼りない。
スローガンの『理論を、実践へ。』という文字だけが、かえって切実に響く。
「うーん」ケンジが首をひねる。「やっぱり選挙のプロがいないと...」
「いや」西野准教授が静かに。「これでいい。私たちらしい」
「その通りです!」マルクスの髭が共感に震える。「見せかけの笑顔より、真摯な表情こそが理論家の...」
その時、木下のスマホが震える。
「え...」木下の声が震える。「立候補届出、56人だそうです」
「なんだと!?」マルクスの髭が激しく震える。「これは、まさに数の暴力ではないか!民主主義を『数』で攪乱するとは...資本主義の物神性が政治の領域にまで!」
「その内訳ですが」木下が続ける。「国民を守る党、『国民の声』、『都民の力』...座間候補の関係者と思われる候補が多数」
「まさか」さくらが目を見開く。「ポスター掲示板の独占を...」
「その通り」匿名アドバイザーからメッセージが。
『各選挙区のポスター掲示場、座間系候補で埋め尽くす作戦か』
深夜の渋谷。さくらたちが、ポスター掲示作業に追われていた。
「ここが25番」懐中電灯が照らす掲示板には、すでに座間系候補のポスターが所狭しと貼られている。
「選挙管理委員会から」木下がスマホを確認。「今回の立候補者数、過去最多だそうです」
「なんという茶番」マルクスの髭が怒りに震える。「選挙という民主主義の祭典を、このような数の横暴で...」
「でも」西野准教授が静かに。「茶番に見えるこの状況こそが、現代の病理を表しているのかもしれません」
「どういうことですか?」
「SNSでの炎上を狙った候補者、再開発利権に絡む候補者、そして...」西野が街を見渡す。「この状況自体が、東京が抱える問題の表れなのでは」
「理論的分析の対象として...」マルクスの髭が期待に揺れる。
マルクス、お金がない!
選対本部に戻った一同。
「選挙資金の比較です」木下がホワイトボードに書き出す。
大山陣営:
・総額4億円
・政治団体ネットワークを駆使
・街宣車200台
・各種団体から全面支援
中池陣営(与党統一候補):
・総額10億円
・全国からの応援弁士
・テレビCM全局で放映
・企業・団体から続々と支援
私たち:
・総額2000万円
・選挙事務所:渋谷本部のみ
・街宣車:なし
・ウグイス嬢:なし
・CM:Web動画のみ
「この差は...」さくらが言葉を失う。
「待ってください」木下が公職選挙法のページを開く。「選挙運動には様々な制約があって...」
```
・戸別訪問の禁止
・文書図画の制限
・街頭演説の時間と場所の規制
・選挙カーの台数制限
```
「なに!これほどの規制とは!」マルクスの髭が震える。
「でも」西野准教授が静かに微笑む。「私たちには関係ありません。むしろ好都合かも」
「どういうことだ?」
「私たちには、街宣車もウグイス嬢も必要ない。その分の予算を...」
「理論の発信に!」マルクスの髭が踊る。
「Das Kapital TVを中心に」ケンジが企画書を広げる。「環境経済学の理論を、映像とデータで」
「商店街の皆さんも」ひかりがスマホを見せる。「演説会場を提供してくれるって」
「つまり」西野准教授が立ち上がる。「大手政党が規制でがんじがらめの中、私たちは理論一本で勝負できる」
「これぞ」マルクスの髭が誇らしげに。「資本の力ではなく、理論の力による戦いか!」
*
「あの」さくらが地図を見つめる。「このまま夜のポスター貼りを...」
「ああ」マルクスが深いため息。「明日から本格的な戦いが...」
窓の外では、深夜の渋谷に、56枚の選挙ポスターが静かに貼られていった。
その中の一枚、不安げな表情の環境経済学者の眼差しだけが、確かな意志を宿していた。
