見出し画像

張替日記|椅子を張る、という職業。

連載「椅子と手のひら張替日記」

「ご家族か親御さんがそういうご職業なの?」

時々お客さんに聞かれる質問の一つがこれだ。
私の両親はサラリーマン。
椅子や家具とは全く関係のない会社に勤めていたし、自営の経験もない。

じゃあ、なぜ?

私は2016年、30歳で転職して3年間勤めた京都の椅子張り会社から独立し、地元長野県で開業。
椅子やソファの張り替えを専門とする小さな工房「椅子張り店Zatowa(ザトワ)」をひとりで営んでいる。
そんな仕事で生計が立てられるのかとか、あなた(女)がやるのかとか、開業当初は色々言われることもあったけれど、今年(2026年)で開業して10年。この仕事だけで生計を立てている。

令和の今となっては若者の起業なんて珍しくないけれど、
どうしたらここ(椅子張りという職業)へたどり着くのかってことを、皆様不思議に思っていたようだ。
それが今は、多くのお客様に「いい職業だね!」と言ってもらえるようになった。

私も、こんな仕事があるという事を知った時はとても驚いた。
いかに自分が目に見えるもの・話題となっている物事にしか目を向けていなかったのかってことに気づかされ、世界の奥行きを感じた。
ものごとは一ヶ所で完結したりしていない。
多くの繋がりと関係性の中で作りあがってくるものがある。

そして当時ふと私は、なんの根拠もないのにこの仕事が自分にも出来るかもしれないと思ってしまったのだ。


”椅子張り”と聞くと、椅子作れるんでしょ?とよく言われるけれど、
私は木を伐り出して椅子を作ったりはしない。そんな技術もない。

椅子やソファは基本的に分業で作られている。

木枠(フレーム)を作る、木工屋
木枠を塗装する、塗装屋
クッション材を加工し生地を張る、張り屋  

これらは、扱う資材も全く違うし、どれも同じ部屋での作業が不可能だ。
木屑が舞う中で塗装は出来ないし、それらの中でこれから張る生地を広げる事も出来ない。
そして、それぞれに扱う機械も違えば、必要となる専門的知識も違う。
場所、機械、知識、技術…それぞれを専門的に取得することはなかなかハードルが高く採算が合わないのが現状かもしれない。

近年の椅子やソファは縫製仕事が多い。
昔の椅子張り職人は、バネを吊ったり藁を詰めたり、現在のクッション材となるウレタンやミシンなどの機械がなかったから張り方を駆使して、どうしてもというところは手縫いで。そういう技術を求められる事が多かったかもしれない。今は洋裁の技術とまではいかずとも、型出しが出来てミシンがかけれることは椅子張り屋の仕事として必須事項でもある。

椅子張りの仕事は、お客様に商品が渡る直前の仕事。既にあるフレームに対してクッション材を加工し生地を張る仕事だ。
フレームさえあれば張ることは出来るので「張り替え」という修理の仕事も出来る。
私の工房は張り替えを専門としている。
ひとりでやっていくには、この方がたくさんの椅子や人に出会える。
もちろん、新規も依頼があればやらないことはないけれど、世の中にはメーカーが力の限り考え抜いた椅子やソファがあるのだから、私の出る幕はないと思って、新規の場合はオーダーメイドの張り屋だけで完結する依頼を受けている。

椅子を張るという職業があると知った時、なんだそれは?そんなの仕事になるのだろうかと正直思ったのだけれど、逆に、

今、世界にはどれだけ椅子があると思いますか?

気がつけば家には自分の椅子が2つ(ダイニングチェアと学習椅子もしくはドレッサーチェアやゲーミングチェア、ソファなど)くらいはあって、どこかお出かけすれば、飲食店でも病院でも、座れる椅子が必ずあるのだ。
会社にだって、自分の椅子+αが存在している。
少なくとも、この世界には人の数だけ椅子はある

でも、椅子張り屋は決して多くない。
なぜだろう?

その理由はきっと、

◾️椅子は早々に駄目にはならないから
→特に良いメーカーの物は数十年使える。
 ちゃんと使えるから買ってもらうことも修理も少なくなる。

◾️新品を買う方が安いから
→同じ椅子を作り続ける方が効率が良いので、海外の安い労働力へ流れがち。

◾️技術の習得が難しい
→同じ事を繰り返していれば、そのことは出来るようになるけれど、椅子の種類は山ほどあるのだ。

つまりは総じて、
「椅子を張り替えたいと思う人」が増えていかなければ、
「張り替えてでも使い続けるべき椅子」が増えていかなければ、
椅子張り屋の未来は乏しい。

近年は、若い方が椅子張りで開業したって話もちょこちょこ聞くようになって、私が開業してから長野県は毎年1件くらいずつ、椅子張り屋が増えている。
そんな未来を担う若者たちのためにも(私もまだ若いけどね!)、修理出来るんだってことをもっともっと広めなければならない。いつか汚れたりへたったりするなら、修理してでも使いたいと思ってもらえるものを、先ず選んで購入してもらえるような世の中であり、手放したくない素敵な商品が陳列する世界であってほしい。

開業して10年。
はじめの頃は、「それはどういう仕事?」と聞かれることが多かったり、年配の方の客層が多かったけれど、近年は若い方も来てくれる。ご家族でご来店くださり、修理出来るという事を、こんな仕事があるんだということを子供たちに知ってもらえることはとてもうれしい。

私は決して、修理した方がいいとおしつけるつもりはない。
張り替えるか、買い替えるか、と悩まれる方は非常に多い。
予算のこともあるけれど、出来ることならたくさん悩んで色んな選択と可能性を検討して頂きたい。
その身近な可能性の一つとして、当店が存在出来ればとてもうれしい。
それに、気に入ったものを購入出来れば、それはいずれ修理の時が来ることもある。まわりまわって椅子張り屋はなくならないはずだ。

椅子を張る仕事は、どこまでいっても手仕事だ。
毎日違うお客様の違う椅子を毎回違う生地で張り替えている。
どれだけ進化が進もうが、時代が変わろうが、修理の仕事はアナログからは抜け出ない。

"椅子を張る時、椅子を撫でない椅子張り屋はいない。"

生地を張る時は必ずその手のひらを使い生地を張る。

「女の尻を撫でるようにいい塩梅に優しく大切に張りなさい。」

というのが、親方の教えだったけれど、女性はその時私一人しかおらず、「セクハラですよ」とは言えなかった。そしてだれも、抗議しなかった。
”大切に”だから、まあいいか。昭和世代の比喩なんてそんなもんです。
(次の年に入ってきた女性にセクハラだと言われたらしく、「女の尻」は「赤ちゃん」に言い換えられていました。笑)

私はいつだって、ここに座る人を想っている。
たくさんお話をきいて、色々と悩んで頂いて、わざわざ当店まで足を運んでくださった皆さんの暮らしが、少しでも心豊かになることを願って椅子を張っている。

私自身は一人で営業していて、たまにコツコツとSNSを更新するくらいしか出来てはいないけれど、それでも色んな方達のおかげで、10年前よりも「椅子張り」という職業の認知は上がったと思っている(うちの地域だけかもしれないけど)。

小さな1歩と一日一日を歩み続けることが、振り返った時の軌跡になるはずだと今年もコツコツ行きたいと思います。



いいなと思ったら応援しよう!

Zatowa-座と輪- 古い椅子を張り替えて展示販売する「座と輪のコイス展」の開催に使わせて頂きます。宜しくお願いします!