『未来編』は予定された構想ではなかった? 絶望の淵で手塚治虫が迎えた「必然の突然変異」
前回では「火の鳥」屈指の名作「未来編」が、当初から構想された既定路線ではなく、「黎明編」の不振を受けて生まれたものではないか、という仮説を立てました。
今回はその考察をさらに掘り下げていきます。
前回記事はこちら
猛烈な向かい風の中で傑作の執筆…?
鍵となるのは、当時の手塚先生の創作環境、そして精神状態にあります。
1967年、手塚先生は劇画ブームに対抗すべく、
自らの理想を掲げた雑誌『COM』を創刊しました。
しかし満を持して発表した雑誌『COM』が思いのほか反響が悪く
看板作品である「火の鳥」の人気もイマイチという結果に…。
実際この時期に売れていたマンガは劇画が主流で
ストレートにアプローチしたもの
刺激的なものの方が受けていたので
回りくどくて何だか難しそうな「火の鳥」はまさに正反対のマンガです。
手塚先生のような哲学的で寓話的なアプローチは、
まさに時代の潮流と逆行するものでありました。
事実「火の鳥」の世界観は読者にとって難解に映り、
「黎明編」の評価も低迷。
「雑誌COM」創刊の看板として期待した作品が思うように読者の支持を得られない事実は、作家にとって、そして自身が編集長を務める出版物としては痛恨の極みだったと思います。
加えて雑誌「COM」に連載中の愛弟子である石ノ森先生の「ジュン」に嫉妬したり自身のスランプ時期なども相まって精神状態は腫物に触れるかのようなピリピリの状態…。
さらには虫プロの経営問題など
この時期の手塚治虫は気が狂うほどの人生どん底に陥る訳ですが
そんな時期に「黎明編」の低迷を喰らった状態で
「未来編」のような傑作を果たして温存できたのか?
個人的にはそれは難しいと思っています。
「未来編」は覚醒によって誕生した
むしろ温存というより
ケツに火が点いてランナーズハイ的なゾーンに入って
生まれ出た作品だったと考えるのが妥当なんじゃないかと…。
あの尋常ならざる世界観と
「黎明編」からの飛躍
そして「未来編」の醸し出すどの編とも異なる、
研ぎ澄まされた迫力と独創的なスケールは
相当な絶望を味わった人間だからこそ描けた世界に見えます。
劇画ブームに始まり「黎明編」の低迷を経て
苦悩に打ち震えながら悶絶して
血反吐を吐くほどの試練に耐え
凄まじい怒りをたぎらせることで誕生した作品
それが「未来編」の誕生だったのではないかと思うんです。
狙って描いたのではなく偶奇の産物であったと。
とてもこのような状況で、
「よし、傑作を温存しておこう」なんて冷静な思考ができていたとは
考えにくいですし、
そもそも手塚先生ってそんなタイプでもありませんからね。
なので意図的に「未来編」を温存していたとは考えにくいので
「未来編」は予定調和ではなく
追い詰められたことによって生まれ出た傑作と推察できます。
意外にも逆境時に傑作が多い?
あとこれは以前にもお話しましたが
実は手塚先生、「ブラック・ジャック」の時もそうなのですが
逆境の時にこそとんでもない作品出してくる傾向があります。
自身が冬の時代と定義していた1960年後半から
1973年の「ブラック・ジャック」登場までの暗黒とされる時期に
「火の鳥」ではあの最高傑作「鳳凰編」と「復活編」を描いていますし
これまでの作風とは違うブラックな一面を見せた「黒手塚」と呼ばれる作風もこのスランプ時期に誕生した技法です。
ご存じ「黒手塚」作品には傑作が多数ありますし
名作「ブッダ」もこの時期に描いています。
むしろ病んでた方がいいんじゃねって思えるくらい
傑作群を多数残しておられるんですね(笑)
そもそも「火の鳥」も最も最初の1954年「漫画少年版」でも
逆境からのスタートでしたし
雑誌COM版の際も劇画ブームという逆境からのスタートで
「火の鳥」という作品自体が「逆行の象徴」と言うべきか
実は数々の困難の中で描かれていることが多い作品なのです。
まさしく自身の漫画家生命をなぞるように不死鳥の如く
何度も蘇ってきた作品であることはあまり知られていません。
そのような側面から見ても「未来編」の覚醒は
すごく自然な流れの中で起きた事だと説明がつきます
ただこれまでの逆境と異なるのは
やはり雑誌「COM」の予想外の低迷、「劇画」への強烈な対抗心が
より洗練された覚醒に至ったのではないかということですよね。
異様ともいえる「未来編」の存在感
今、改めて冷静に振り返ってみてもやっぱり異常なんですよね、
この「未来編」の突然変異にも思える世界観の爆発
「黎明編」とは全く対照的ともいえるカタルシス満載の荒廃した世界を
突如として放り込んでくる剛腕ですよ。
日本神話という限定的な世界観から一転して無限の宇宙を描く
この突き抜けた発想…。
なんなんすかこれ。
こんな「コペルニクス転回」並みに振り切れた設定
絶対に並の精神状態じゃ到達できない領域なんじゃないですかね。
漫画史上とんでもなくバカでかい世界観を持って
人類史、いや地球誕生の歴史を紐解くほどの悠久の時間を繰り返す未曾有のドラマをノイローゼ寸前の状態から繰り出せます?
これが計算だったとしたらそっちの方が恐ろしいです。
「とりあえず未来編まで待っとけよ」と
「次から面白くなるから我慢しとけよ」と
低迷続きの「黎明編」を連載しながら
確信犯的に狙っていたとしたら
ハンパじゃないメンタルですし、相当のド変態ですよ(笑)こんなもん。
…でもやっぱりそれは考えにくいんで
おそらく
怒り、苦悩、焦燥、――それらが煮えたぎるように混ざり合い
ぐっちゃぐちゃの精神構造から飛び出た産物、
それが「未来編」の真の姿なのだと
逆境に強い手塚先生の挑戦の末に生まれた覚醒と結論づけたいですよね。
あと、意外に見落としがちなので
「未来編」の凄さをもう一つ付け加えておきます。
それは「未来編」という一篇に
「火の鳥」という作品の神髄をすべてぶち込んで来たという事。
たった一遍に「火の鳥」シリーズの見どころを一気に詰め込んで来た構成力。
これは凄まじいマンガ力ですよ。
コスモゾーンという独自の概念
ムーピー、ロビタという印象的なキャラクター
これまで不老不死、死なないことにクローズアップしてきたものが一転して、死ねない苦悩からのアプローチ
人類滅亡、輪廻転生…
こんな突如世界観が一変したマンガ経験したことあります?
目まぐるしく且つスペクタルすぎてビビリます。
それでいて
一気に時間を跳躍させておきながら
様々な時代で歴史の連続性という関係を持った物語を匂わすって
ヤバくないっすか?
まだありますよ
めっちゃ小さいミクロの最小単位から広大な宇宙にまで及ぶスケール感。
宇宙でさえ一個の生命として扱うぶっちぎった発想とか
「火の鳥」シリーズ全体の生命観を語る上でも
重要な立ち位置にもなり得る独創的な設定
たった一遍でシリーズ全体の方向性をも決定づけた説得力を持たせるって
そんなこと可能なんすか?
…ってことを何気なく成立させてしまうところに
手塚治虫の本当の凄みを感じさせてくれます
マジで恐ろしすぎるわ「未来編」。
絶望の淵から生まれた奇跡の一編――
それが「未来編」の真実ではないかと…。
そしてこの後、「ヤマト編」「宇宙編」
そして大傑作「鳳凰編」と続くわけですが
この続きはまた次回ということで。
ではでは…。
