『林原めぐみのTokyo Boogie Night』から学んだ|モヤモヤした時の向き合い方
4/11初回放送の『林原めぐみのTokyo Boogie Night』
で紹介された“推し活の悩み”が刺さりました。
SNSでざらっとする気持ちは消せない。
でも、受け止め方は変えられる。番組の言葉をヒントに整理していきます。
番組の中で紹介されていた、
あるリスナーさんからのお便りがとても印象に残りました。
内容としては一見すると「推し活の悩み」なんですけど、
実はもっと広く、
日常のモヤモヤやざらっとした感情との向き合い方
にもつながる話だなと思ったんです。
そのお便りと林原めぐみさんの回答を通して、
自分が考えたことを書いていきます。
リスナーからの相談内容|推し活で感じた「ざらっとした気持ち」
紹介されていた相談は、推し活に関するものでした。
そのリスナーさんは、
SNSではポジティブなことを発信するようにしている
推しの結婚や出産なども素直に喜んで投稿している
というスタンスで活動していたそうです。
ただ最近、相互フォローになった人の中に、
いわゆる「ガチ恋っぽい感情」を持って
推しを見ている人がいたそうなんですね。
その人は、
推しが家族や恋人の話をすると「しんどい」、「聞きたくない」とSNSに投稿する
というような反応をしていたそうです。
それを見て、相談者の方は
その人の気持ちも分からなくはない
でも、それを全世界に向けて発信するのはどうなんだろう
それを見て、自分の中にざらっとした気持ちが残る
と感じたそうです。
そして最後に、
「このざらっとした気持ちと、どう向き合えばいいんでしょうか?」
と相談されていました。
林原めぐみさんの回答|「人の心の器はそれぞれ違う」
この相談に対する林原めぐみさんの回答が、とても印象的でした。
林原さんは、こんな趣旨のことを話されていました。
人の心の器って、それぞれ大きさが違う
よく「器が大きい人」なんて言い方をしますけど、
実際には人それぞれで、
ちょっとしたことで感情が溢れてしまう人
ある程度は受け止められる人
いろんな人がいる、と。
そしてその例えとして出てきたのが、
「醤油皿くらいの器の人もいる」
という表現でした。
つまり、少しの出来事でも感情がいっぱいになってしまって、
あふれてしまい、それを発信してしまう人もいる。
それはその人の器の大きさの問題であって、
ある意味では仕方ない部分もある、ということですね。
この表現がすごく分かりやすくて、
自分の中にもすっと入ってきました。
「ざらっとした感情」は、日常の中にも普通にある
これを聞いて、自分もすごく共感したんですよね。
やっぱり日常生活の中で、
なんでこんなことするんだろう
なんでそんな言い方するんだろう
なんでわざわざそれを外に出すんだろう
と思うことって、ありますよね。
例えば分かりやすいところで言うと、
乱暴な運転をする人
車間距離がやたら近い人
言わなくていい一言をわざわざ言う人
そういう人に出会った時って、
やっぱり少しイラっとしたり、モヤっとしたりする。
これってまさに、
「ざらっとした感情」
なんだと思います。
怒りほど強くはないけど、確実に心に引っかかる。
少し気分が濁るような感じ。
でも、こういう感情って誰にでもあると思うんです。
大事なのは「この人はそういう状態なんだ」と捉えること
そこで大事だなと思ったのが、林原さんの言っていた
「その人の器の問題として捉える」
という視点です。
つまり、
あ、この人は今ちょっと器が小さい状態なんだな
今ちょっと感情が溢れちゃってるんだな
そういう受け止め方しかできないタイミングなんだな
と見る、ということです。
もちろん、それで相手の言動が正当化されるわけではありません。
でも、自分の心を守るという意味では、
この視点ってすごく大事だなと思いました。
相手に対して
「なんでそんなことするんだ!」
と真正面から受け止めてしまうと、
自分の心まで削られてしまう。
でも、
「この人は今、醤油皿くらいの器なんだな」
と思えたら、少し距離を取って見られるんですよね。
感覚としては「子どもを見る時」に近いのかもしれない
この考え方って、感覚的には
子どもを見る時の感覚に近い
のかなと思いました。
子どもって、
感情的になったり
衝動的に何か言ったり
その場の気持ちをそのまま出したり
することがありますよね。
そういう時、大人は毎回
「なんでそんなことするんだ!」
とは、あまりならないと思うんです。
むしろ、
ああ、まだそこまで考えられないんだな
今は感情が先に出ちゃってるんだな
まだ器が育ってる途中なんだな
というふうに見ることが多い。
それと同じように、大人に対しても
「この人は今そういう状態なんだな」
と、一歩引いて見ることができれば、
自分の心は少し楽になるんじゃないかなと思いました。
環境は大事。でも、ざらっとした感情はゼロにはならない
もちろん理想を言えば、そもそもそういう
モヤっとする言動
ざらっとした感情が生まれやすい相手
と、あまり接しなくて済む環境にいるのが一番いいと思います。
実際、自分自身もありがたいことに、
比較的穏やかな環境に身を置けているので、
普段はそんなに強いストレスを感じることなく過ごせています。
でも、それでもやっぱり、
完全にゼロにはならない
んですよね。
SNSを見ていても、
街を歩いていても、運転していても、仕事をしていても、
ちょっとざらっとする瞬間って、どうしてもある。
だからこそ大事なのは、
そういう感情があることを否定しないこと
相手を無理に変えようとしないこと
自分の受け止め方を工夫すること
なんだろうなと思いました。
相手を変えるより、自分の受け止め方を変える方が現実的
結局のところ、
相手を変えるのって難しい
んですよね。
「そんな発信やめた方がいいですよ」と言っても、
伝わらないかもしれない。
「もっと冷静に考えてください」と言っても、
器の大きさ自体をすぐ変えることはできない。
だからこそ、
自分の受け止め方を変える
という方が、ずっと現実的なんだと思います。
この人は今ちょっと溢れてるんだな
醤油皿くらいの器なんだな
そういう受け止め方しかできない状態なんだな
そのくらいに思っておくと、無駄にイライラせずに済む。
もちろん、それで全部がスッキリするわけではありません。
でも、少なくとも「相手の感情に巻き込まれすぎない」
という意味では、かなり助けになる考え方だなと思いました。
まとめ|「ざらっとした感情」は、相手の器の大きさで捉えると少し楽になる
というわけで、
今回のラジオのお便りから、自分はこんなことを学びました。
ざらっとした感情は、誰にでもある
それを生む相手には、それぞれの“器の大きさ”がある
ちょっとしたことで溢れてしまう人もいる
だからこそ、相手を変えようとするより、自分の受け止め方を変える方が大事
少し距離を取って見ることで、自分の心は楽になる
日常の中のちょっとしたモヤモヤやイラっとを、どう扱うか。
そのヒントになる考え方だったなと思います。
自分もこれから、ざらっとすることがあった時には、
「この人は今、醤油皿くらいの器なんだな」
くらいの気持ちで、少し引いて見られるようにしたいなと思いました。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
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