楮、植える前にしたこと。
1. 泥まみれのスタートを支えてくれた、Special Thanks!
わからない中での泥まみれの始まりですが、これらは決して私一人の力でできたことではありません。

1年目、右も左もわからず、草刈機の使い方を覚えるところから始まった私に、そっと手を差し伸べてくれた地域の方々がいます。
荒れ果てた耕作放棄地を、大きな耕運機を使ってダイナミックに耕してくださった、飛騨河合在住のSさん。 そして、良質な土壌づくりのために、大切な堆肥を快く分けて(購入させて)くださった、地元の畜産家である「株式会社 永吉」様。(この堆肥が本当にすごいので、後々の記事でたっぷり紹介します。)

「本当に自分は何もできないやつだ……」と痛感する日々の中で、こうして地域のプロフェッショナルたちが力を貸してくださったからこそ、ただの荒れ地が「楮畑」としてのスタートラインに立つことができました。この場を借りて、心からの感謝を伝えます。

2. 楮(こうぞ)の苗をどうやって確保したのか?
さて、ここからは主役である楮(こうぞ)の「苗」の話です。
「伝統的な和紙の苗木って、どこかで売っているの?」
実際にネットなどでも購入はできますが、ホームセンターにはまず置いていません。そんなマイナーな植物の苗を、どうやって確保したのか。

実はこれ、山中和紙の大先輩である長尾さんの畑の「畦(あぜ)」から調達しました。
楮はとてつもなく繁殖力が強い植物です。地域の方の中には「楮栽培をやめて、別の作物に転作しようと根絶やしにしたはずなのに、生えてきて困る。」という声があるほど、タフな野生の生命力を持っています。
楮の根は、地中を横に向かって伸びていきます。そのため、畦(土手)に直接植えたわけでもないのに、いつの間にかそこら中に新芽が顔を出すのです。逆に言えば、管理を怠ると隣の畑や敷地を荒らしてしまう恐れもあるため、無闇に増やすことや放任は、地域でのトラブルに直結するデリケートな植物でもあります。
3. 実験。秋に収穫した苗を、家で越冬させてみた。
初年度は、とにかく「何もかもが実験」です。
「秋に冬眠期に入る楮の根を掘り出して、そのまま家で越冬させてみたら?」
長尾さんのアドバイスに従い、農業用の袋に少しの土を入れ、そこに掘り起こした楮の根を詰めて、自宅で冬を越させてみることにしました。零下にならない適度な環境で管理ができれば、翌年の春にそのまま植樹ができるという教えからの実験です。
特に難しい手入れをするわけでもなく、「本当に大丈夫かな……」と心配しながら冬を過ごしました。(実際は他のプロジェクトも色々と進めていて、それどころではなくほぼ放置状態だったのですが……笑)
そして長い冬が終わり、ようやく春を迎え、農業用の袋の中を覗き込んでみると──。

なんと、外はまだ雪解け前だというのに、袋の中の楮から、すでに新芽が芽吹いていたのです。
4. この生命力こそが、日本の和紙の産地を広げた。

中国から伝わった製紙技術が、これほどまでに日本全国各地へ「和紙」という産業として広がった。その中で、楮が和紙の主要作物となった最大の理由は、「圧倒的な生命力と環境適応力」があったからではないかと思います。
移動手段も流通網もない遥か昔。例えどんなに離れた産地から持ち帰った楮の根だったとしても、管理のコツさえ掴んでいれば、生きたまま別の土地へと運び、そこに根付かせ、広げていくことができたのだと思います。
袋の中の小さな芽吹きは、千数百年かけて日本の和紙文化を支えてきた、植物としての圧倒的な強さの証明そのものでした。
もちろん、すべての苗が成功したわけではありません。中には管理がうまくいかず、腐ってしまった苗もありました。その際はまた長尾さんに相談し、春先に畦に生えてきた新しい楮の苗を移植させていただき、なんとか畑に必要な数を確保することができました。
地域の人の優しさに支えられ、植物の強さに驚かされながら、いよいよ畑に楮を植える「その日」を迎えることができました。
