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朝、窓を開けると武道館ライブのロックスター並にまくしたてる蝉の喧騒が部屋を覆い尽くす。
部活動の朝練に励む生徒の団結しきった掛け声と一緒くたになって僕を世界の外側に押しやる。
2度寝して10時過ぎに目を覚ました。
ネットサーフィンしながら眠ったせいで布団の中に紛れ込んだスマホがけたたましい音を出す。寝起きで意識が半分くらい離脱していてまだ夢の中みたいだった。電話の相手は先輩だった。
ようやく起きた?今から来てよ
たったそれだけ。間抜けな返事しかできなくてそのまま勝手に切られた。今日はゆっくりしたかった。
気温が35度を超えているにも関わらず、adidasのトラックジャケットを羽織る。痛々しい暑さに被せるようにして乾いた熱のベールに身を通す。ハイネックの最高地点までファスナーを閉め切り、6月にバイト代で買ったAir Podsを装着する。
どうやら自分は音嫌悪症らしくて、好きな音を爆音で流していないと、しょうもない他人の生活音を気にしすぎるからよくない。ミソフォニアとも言うんだけれど聴覚過敏とは違って、特定の音にだけ不快感をあらわすらしい。
首筋を伝う汗が背中を滑り落ちて、家から出て数分で神経が目紛るしく廻りだし吐きそうになる。アスファルトから湯気がたつ。何週間ぶりの外出だろう。せいぜい日が暮れたあとに散歩するくらいだったから日中がここまで暑いとは思わなかった。
夏休みに入って既に2週間が経過している。1学期の終業式さえ行けなかった僕にとって普段と相も変わらず、見境なく刹那的に過ぎ去る日々はじわじわと健康な築16年の脊髄を蝕んでいく。まっすぐに照り込む外気とは裏腹に僕の体内の血と肉は冷えきっている。
今日は部活の練習で学校に行かなければならなかった。4月の新歓で上級生のバンド演奏に圧倒されてベースを始めた。けいおんの秋山澪が好きだった。ずっと憧れていた。
身近な楽器としては6歳からピアノを習っていたけれど、鍵盤と弦はどうにも結びつかずコードを覚えることに苦労した。中学の授業でギターに触れたこともあるが、それもまた難解な代物だった。手先の記憶力と俊敏さはいい方ではないかもしれない。
今は軽音部と哲学研究会に入っている。後者はいわゆる哲学に憧れちゃった感じだけど、とにかく言えることはウィトゲンシュタインがマジでかっこいいということ。バタイユとかも好きです。心理学的な方面だけど村上春樹のエッセイを読んでいると、フロイト、カント、ユングあたりも頻繁に出てくる。こういうのも好き。
哲学研究というよりは多義的な思想研究会かも。
普段の授業は1限から6限まで全てに出席することはほとんどなくて、途中で帰ってしまうことのほうが多かった。それでもなんとか一学期は乗り越えた。クラスにはうまく馴染めない。機会があるならやりなおしたい。学年があがるにつれて人との接し方が分からなくなっていく。
昔は、本当に何も考えなくても周りに友達がいたような気がするんだけど、今は「 友達 できない 作り方 」で大真面目に検索してしまうほど考えすぎている。こういう人間関係は考えるほど分からなくなっていくものだ。けれど何もせずに現状維持でいたって、きっと良い結果はもたらされない。
プラスチック製の、少年漫画のキャラクターがデザインされた下敷きを団扇代わりにして夏期講習の塾へと歩いていく小学生。ラメが輝く透明なビニールバッグを片手に赤信号を待つ中学生。これからの未来に生まれ落ちてくる子どもたちは僕よりも暑さに強い体を持っているのだろうか。
僕が通っていた中学は夏休み中もプールの授業があった。準備体操前に儀式的な列をなして降りかかるシャワーに突入していくという、滝行におよぶ僧侶のような時間がもうけられていて、それはあまりの冷たさに地獄のシャワーと呼ばれていた。
25メートルプールの端から端まで1度たりとも底に足をつけず、バタフライの測定をした去年の夏を自然と思い出す。波に浮かぶ蝶の鱗粉はすかさず水中に溶けだし塩素と融合して化学反応を誘発した。
7月のなかばに村上春樹の1Q84を読了した。続きが気になってしまって学校を休んで読みふけった。心に突き刺さった文章はノートに写してまとめていつでも見返せるようにしている。
内容としては、2年前の奈良で発生した銃撃事件みたいに宗教の負の側面がめらめらとたぎっていた。ふかえりはきっととてもかわいい女の子で、天吾がうらやましかった。1984年は夏目漱石の1000円札が発行された年だ。この前、祖母からもらった。昔の紙幣ってすごく好きだ。
脳内で考えをめぐらせながら歩くのは好きだけれど、ちょっとさすがに暑すぎる。肌をレーザー光線で引き裂かれてしまうような強烈な体感温度に耐えきれず、コンビニに逃げるように駆け込み、陳列棚で大量に配置されていたドリンクから烏龍茶を選んで購入し、即刻喉に流し込んだ。
前髪から止めどなく滴る汗が、まるでディズニーランドのスプラッシュマウンテンの直後みたいで、価格の高騰ゆえに数年間訪れていないあの夢の地へ微かなる思いを馳せた。
今頃インスタのフォロー中たちは楽しげなストーリーを投稿しているのだろうか。昨日の花火大会とか。好きな人とデートに行ったとか。そんな邪念が入り込んだ暁にはなんだか妄想も馬鹿馬鹿しくなり心臓の柔らかい部分を取り除かれたみたいな気分になってしまった。
はやく学校に行かなくては。蝉の声が聞こえなくなれば体感温度が下がったりしないかと思う。どうなんだろう。それから10分で学校に着いた。正門前の大通りはなぜだか苦手だから、いつも横の細道を行く。松尾芭蕉的な。何度かトラックにひかれそうになった。神聖な細道をバカデカトラックが通るなよと舌打ちをする。
校舎は見るからに公立高校という感じのいい加減な汚さをしている。僕の普段の生息地は3階のトイレ。先代の落書きが散らばっている。それを眺めて授業終了のチャイムまでやり過ごす。昼だからって灯りを消していく人間は、僕にとって天敵も同然。
体育館の入口で靴を履きかえて中に進むと、夏休みが明けてすぐにひかえる文化祭に向けて簡易的なバンドメンバーにわかれていた。さっき連絡をくれた先輩は、頬を桃色に染めて透明少女を歌いあげていた。
それはあまりにもつくりものみたいだった。
フィクションの青春映画を見せられているような居心地を悪くさせる透明度だった。消しゴムマジックでいとも簡単に消してしまえるような存在だった。あと数秒で背景と同化してくれ先輩。
笑ってしまうほど青春の模倣犯だった。彼女にとっての猶予期間は忙しなく過ぎるだろう。Youtubeにアップロードすればそれなりの再生回数が稼げそうなほど嘘みたいな現実だった。
集まっている軽音部員たちは軽音部員という自我を掲げてやけに楽しそうだ。特に何かなくても打ち上げと称して長時間のカラオケに行ったり、勝手に(ご厚意で)全ての部員から夏フェスやら下北だか高円寺のライブハウスチケット料金をかき集めて突撃したり、各自にジャンクフードを買ってきて教室でパーティをするような人たちなのだ。
ときどき、こういうノリに加わっている自分を自分として認められなかった。あまりにも今までとのギャップが激しかったために受け入れるまでに時間がかかった。
校則は法を遵守していれば問題ないというレベルの緩さなので、派手な外見の人がそれなりにいる。最初は彼らの発する陽気なオーラにとまどってしまった。
この前、親からあなたの将来が不安だと言われた。まったくその通りだと思う。もしも授業についていけなくなっては困るので、自主的に勉強している。歴史と英語が好きで、数学と古文は嫌いだ。高卒認定試験のための勉強もしている。もしも、高校を中退してしまったときのために。
夏休み後半って夏休みが終わるという事実に直面していて夏休みを楽しむような心境じゃなくなってしまうのって僕だけですか。
