DQ11考察vol.10:赤と緑の本が見えなくなった理由~プレイヤーへ受け継がれた勇者の物語~
【ネタバレあり】この記事は、DQ11の真エンディングとHD-2D版DQ3・DQ1.2の核心に触れる考察です。未プレイ・プレイ中の方は閲覧にご注意ください。
本記事は、ゲーム内描写やシリーズ作品との共通点をもとにした私個人の考察です。公式設定を示すものではありません。
1.赤と緑に込められた意味
DQ11では、ベロニカとセーニャが、HD-2D版DQ1.2では、「夢の妖精」と「こだまの妖精」が赤と緑を象徴する存在として描かれています。
私は、この共通点は単なる色の一致ではないと思います。
むしろ、作品を越えて受け継がれているのは、勇者を導く役割を象徴する存在なのではないかと考えています。
つまり、赤と緑という色は、その役割が受け継がれていることを象徴する演出として配置されているように感じます。
2.DQ2真エンディングが描いたもの
HD-2D版DQ2では、クリア後の追加描写として、HD-2D版DQ3では、勇者が帰りたくても帰れなかったことが描かれています。
そして真エンディングでは、ラーミアによってロトの子孫たちは、勇者の帰郷としてアリアハンへ向かいます。
私は、単なるDQ2のエンディングの演出ではなく、DQ3から始まり、DQ1、DQ2と続いてきたロト三部作、そのエンディングとして締めくくられたように思えます。
3.赤と緑の本が見えなくなった意味
ここからは、HD-2D版DQ1.2の真エンディングに描かれた「赤と緑の本」に注目します。
私は、この演出こそが、プレイヤーへ向けた最も重要なメッセージだったのではないかと考えています。
3-1.消えた赤と緑の本が残したもの
最後に、もう一つ気になる演出があります。
HD-2D版DQ1.2の真エンディングで、ロトの子孫たちがアリアハンへ帰郷を果たした時、かつて存在していた本棚の位置が変わり、赤と緑の本が見えなくなっています。
これは、ただ背景が変化しただけなのでしょうか。
今回の考察では、赤と緑という対になる色は、勇者、そしてプレイヤーを導く象徴なのではないかと考えています。
もし、この赤と緑の本が勇者を導いてきた物語や伝承を象徴していたのだとすれば、最後に本が見えなくなったことには別の意味があるようにも感じます。
物語の中では勇者はまだ導かれる存在であり、冒険をして世界に残された謎や過去の勇者たちの想いを受け取りながら、勇者としての使命へ向かって進んでいきます。
世界を救った勇者の物語。
それは、プレイヤーである「あなた」が体験した冒険そのものです。
その体験が、新たな伝説として語り継がれていくのではないかと思います。
勇者はもう導かれる存在ではなくなり、赤と緑の本もまた、その役割を終えたのではないでしょうか。
私は、緑の本とは、「プレイヤーが体験した勇者の物語」そのものだったのではないかと考えます。
そして、赤と緑という色にも意味が込められているように感じます。
3-2.「夢の妖精」から始まった理由
この赤い本と緑の本は明確な答えを提示するのではなく、プレイヤーが旅を終えた後に、意味を感じ取る余白として置かれている部分だと思います。
勇者の物語は、プレイヤー自身が体験する物語として始まります。
DQ3の冒頭では、まず「夢の妖精」による性格診断を受けます。
物語の最初から、「あなたはどんな人間なのか」、「あなた自身はどう行動するのか」を問いかけられる。
これは単なる能力値決定のシステムではなく、プレイヤー自身が勇者になるための入り口だったのかもしれません。
3-3.赤い本と緑の本が象徴するもの。
それは、勇者を導き「ロトの伝説」へと繋がる物語。DQ11から始まった勇者の意思は、イレブンから赤い本を通じて受け継がれ、DQ3、DQ1、DQ2という物語へ繋がっていきました。
一方で、緑の本が象徴するものは何だったのでしょうか。
ここでとても大切だと思えるのは、この赤と対になる緑は、HD-2D版DQ1.2で新しく登場した「こだまの妖精」の色でもあります。
こだまとは、「響き渡り、遠くへ伝わっていくもの」。
そう考えるなら、緑の本とは、勇者が歩んだ物語そのものを未来へ伝える役割を持っていたのかもしれません。
HD-2D版DQ3・DQ1.2の物語は、ただゲームの中の勇者の物語ではありません。
プレイヤー自身が勇者となり、世界を救った体験そのものです。その体験が緑の本の物語として、さらに次の時代へ響いていく。
私は以前の考察で、もし赤い本が「ロト伝説」へ繋がる物語だとするなら、緑の本には赤い本と対になる「もう一つの伝説」が記されているのではないか、と考えました。
だからこそ、私は思うのです。
DQ3は「夢の妖精」の問いかけから始まりました。
「あなたは、どんな勇者なのか。」
その問いに答えるように、私たちは勇者となり、DQ3、DQ1、DQ2の物語を冒険してきました。
そして最後、アリアハンへ帰郷した時、赤と緑の本は静かに姿を消しています。
勇者を導く物語は終わり、今度は、プレイヤー自身が歩んだ物語が、新たな伝説となって語り継がれていく。
それは、もう物語を導く必要がなくなったからではないでしょうか。
もし赤い本が、イレブンから始まる「ロトの勇者へ繋がる物語」だとするなら、
緑の本は、プレイヤー自身がDQ3・DQ1・DQ2で体験した「ロトの伝説」そのものだったのではないでしょうか。
つまり、この赤と緑の本はあなたの物語そのものだったのかもしれません。
そして、その物語は、こだまのように次の時代へ響き伝わる。
その先にあるのが天空シリーズなのか、それともまだ見ぬ新たな勇者の物語なのか。
今はまだ分かりません。
そして私は、HD-2D版DQ3・DQ1.2を通して、一つの答えに辿り着きました。
DQの物語とは、勇者一人の物語ではありません。
プレイヤー自身が勇者となり、その体験が伝説となって受け継がれていく物語だったのです。
だからこそ、最後に赤と緑の本はプレイヤーから見えなくなり、物語は本の中ではなく、プレイヤー自身へ受け継がれたと。
私は、HD-2D版DQ3・DQ1.2は、そのことを私たちへ伝えてくれた作品だったように感じています。
だから、HD-2D版DQ3が「夢の妖精」の問いかけから始まり、HD-2D版DQ1.2で本棚の位置が変わり、プレイヤーから赤と緑の本が見えなくなるという演出で物語は締めくくられました。
それは、本が担っていた役割を、プレイヤー自身が受け継いだことを表しているのではないでしょうか。
このドラゴンクエストという物語は、いったい誰の物語だったのでしょうか。
私は、その答えを最初から最後まで、私たちプレイヤーへ問いかけ続けていた作品だったのだと思います。
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