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DQ11考察vol.11:時渡りに見えるDQ6の構造〜「夢の世界」と「幻の大地」は時間と記憶の中に〜




【ネタバレあり】この記事は、DQ11の真エンディングとDQ3・DQ6の核心に触れる考察です。未プレイ・プレイ中の方は閲覧にご注意ください。
本記事は、ゲーム内描写やシリーズ作品との共通点をもとにした私個人の考察です。公式設定を示すものではありません。


私は、DQ11の時渡りは、単なる過去改変ではなく、DQ6の「夢の世界」と「現実の世界」の構造を、「時間と記憶」という形に置き換えて描いた演出ではないかと考えています。


シリーズを振り返ると、DQには「もう一つの世界」や「失われた時間」を主人公が経験する物語が何度も描かれてきました。

DQ3では、アリアハンの世界からギアガの大穴を通り、アレフガルドというもう一つの世界へ向かいます。

DQ6では、上の世界と呼ばれる夢の世界、下の世界と呼ばれる現実の世界(幻の大地)という二つの世界が存在します。

そしてDQ11では、それを「世界」ではなく「時間」という形で描いているのではないかと考えました。



1.時渡りに組み込まれた「夢の世界」と「幻の大地」

イレブンの時渡りの前に、天空魔城への突入はDQ6のオープニングを彷彿させる演出。暗雲の空と音楽が使われていています。
そのまま、ウルノーガを倒した後のエンディングはDQ4もしくはDQ6のエンディングをオマージュしているように見えます。

天空シリーズをすごく意識させる演出だと思います。

エンディングの後にそのまま繋がるイレブンの時渡りには、DQ6の仕組みが隠されているように思えました。

ベロニカのいない世界、セーニャが賢者になった世界、イレブンは様々な命が失われた世界を取り戻すため、そしてベロニカを求めて時を戻します。

この瞬間、天空魔城で仲間たちと共に戦ったことも、賢者となったセーニャの姿もカミュ、シルビア、ロウ、マルティナ、グレイグたちとの、ここまでの物語は全てイレブンだけが知る記憶となります。

この時渡りを見た時、私はDQ6の「夢の世界」を思い出しました。
もちろん、DQ6は夢と現実の世界で、DQ11は時間の巻き戻しであり、設定は異なります。

しかし、二つの世界(時間)を主人公が経験し、その経験が物語の結末に大きな意味を持つという構造には共通点があるように感じます。

このイレブンの時渡りがDQ6の「夢の世界」と「幻の大地」(現実の世界)を「時が巻き戻る前の歴史」と「巻き戻った歴史」の構造の中に組み込まれているのではないかと思えたのです。


2.ベロニカとバーバラの役割

この流れから、ここで重要なのが、二人の存在の役割です。

DQ6のエンディングでバーバラは「現実の世界」では実体を無くし、「夢の世界」に存在する人物でした。そして最後、DQ6勇者の前で姿が消えていきます。


ベロニカは時渡り後の世界では生きていますが、イレブンの記憶の中には「失われたベロニカ」が存在します。

つまり両者は設定こそ違いますが、それはDQ6のバーバラの「現実の世界」では実体を失った状態に重なります。

イレブンとDQ6の勇者、二人の主人公だけが、現在の世界とは異なる状態の大切な存在を知っている構造としての共通点があると考えています。


3.カミュの記憶喪失とDQ6主人公の融合

カミュの記憶喪失のイベントがDQ6主人公の融合のイベントと重なりを感じさせます。

DQ6の主人公は、夢の世界の自分と現実世界の自分が一つになることで、本来の自分との融合を果たして、新たな力を手にします。

DQ11のカミュは、記憶を失った状態と仲間との絆によって過去の自分を取り戻す。
記憶を取り戻すことにより新たな力に目覚めます。

表現は違いますが、失われた自分を取り戻し新たな力を手にする。という構造が共通しているのではないでしょうか。

DQ6では夢と現実に分かれた主人公が一つになる。DQ11では失われた記憶を取り戻すことで、本来の自分を取り戻す。

カミュの記憶喪失のイベントも夢ではなく、DQ11では「夢と現実の融合」を、「失われた記憶を取り戻す」という形で描き直した演出なのではないでしょうか。


4.イレブンとセニカ、それぞれの時渡り

DQ11には二つの大きな時渡りがあります。
イレブンの時渡り、失われた未来を取り戻すため、ベロニカを救いたい、世界を救いたい、仲間との時間を守りたいという勇者としての選択。

セニカの時渡り、失われた想いを繋ぐため、ローシュを救いたい、勇者の使命を完成させたいという一人の女性としての願い。

二人の時渡りは方向性が違います。

イレブンの時渡りは、ベロニカを失った「現実の世界」から、ベロニカが存在する「巻き戻った世界」へ向かいます。

私は、この二つの世界の関係が、DQ6における「夢の世界」と「現実の世界」との関係を、「時間と記憶」という形へ置き換えて描いたものではないかと考えています。

つまり「夢の世界」へ、未来を作るための時渡りだと思います。

セニカの時渡りは、歪められた歴史つまり、現実では無い「夢の世界」から本来の歴史の世界、つまり「現実の世界」への時渡りだと思います、

イレブンとセニカの時渡りはDQ6の夢と現実の世界を表していると思っています。

DQ6の主人公は夢と現実に分かれて、それぞれ自我を持ってしまいました。
それでも二人は世界を救うため、融合して一つの存在になります。

DQ6では、物語の最後に「夢の世界」と「現実の世界」の関係が整理されます。

「夢の世界」は、人々の夢や心が形になった世界、「現実の世界」とは別の場所として存在していました。
そして、物語の進行によって、主人公は両方の世界を経験します。

最後には、「夢の世界」として存在していたものが、完全に別の世界として残るのではなく、「現実の世界」との関係が変化していきます。

ゼニス城についても重要です。

物語の終盤、ゼニスの城は「夢の世界」が見えなくなって「現実の世界」にも姿を現すという演出になります。

つまり、単純に「夢の世界」が消滅するというより、夢と現実が別々に存在していた状態から、二つの世界の境界が変化し、一つの世界として整理されたと、私は考えています。

私の考察では、真エンディングで描かれるセニカの時渡りによって、イレブンが歩んだ歴史とセニカが選んだ歴史は、同じ時間軸の上で馴染んで一つになっていきます。

その構造は、DQ6で「夢の世界」と「幻の大地」が一つへ収束していく演出と重なるように思えます。

つまりDQ11は、DQ6の「夢と現実」という二重構造を、「時を巻き戻した世界と記憶の中の世界」という形へ置き換えて受け継いだ作品なのではないでしょうか。


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DQ11考察vol.10:赤と緑の本が見えなくなった理由~勇者の物語は誰へ受け継がれたのか~


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DQ11考察 vol.12:「時渡り」が救済したもの DQ6の構造はDQ11でどう受け継がれたのか~


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