茨城百景補足資料 茨城百景巡歴(1980) 著:室伏勇
Web上で調べ物をしていたら茨城百景めぐりに続いて新しい茨城百景の資料を発見したので購入しました。

こちらは1980年発売で茨城百景めぐりは1956年発行なので24年後の記録という事になります。アチィ~(厳密には79年の11月に出版で80年に再販)
茨城百景めぐりに書かれているのは選定当時の情報でしたがこちらに書かれている情報は内容からするとおおよそ70年代のものかな?という感じ。
というのも著者の室伏氏はこの本の中で百景巡りには5年費やしたと書いており、執筆に費やした期間は謎ですがそこからの逆算と内容からして70年代のどこかに百景巡りをしたものかと思われます。
そして茨城百景の主催は茨城県と茨城新聞なのですが著者の室伏氏は同新聞社の記者。ググったらなんと最終的に社長まで登り詰めていて2023年に88歳で亡くなられているそう・・・(訃報の記事)
自分がnoteに記事を書き始めたのは2024年からだからちょっと驚いたナ・・・
訃報の記事を見ると元よりカメラが趣味かつ茨城百景めぐりの著者である鈴木センセと同じく水戸学関係に造詣が深かったらしく百景巡ラー(?)になるべくしてなった人のようです。
茨城新聞の人なので前書きで茨城百景の成り立ちや趣旨を詳しく述べています。

まとめると
・各自治体の協力を得て候補地を県観光審議会に推薦(計180ヶ所もあった!)
↓
・人気投票(観光茨城百景県民人気投票)
↓
・人気投票の結果をふまえ県が実地調査でデータを集め審議し最終的に選定
端的に言えば戦争終わったし観光誘致や!インバウンドや!レジャーや!を地元新聞で宣伝するイベントっていう感じですね。
そして他には
・元々の候補地であった180ヶ所の一覧表
・人気投票の結果を集計したランキング
という重要情報が載っているのですが候補地の名称と人気投票の結果が一覧表とは食い違っています。読み進めると最後の審議の段階で景の整理統合や調整が行なわれたようです。

100に調整するために色々と工夫がなされたようです。包含風景もその一つってワケですか。
茨城百景の一覧表は誤字脱字だらけのガバガバ表なのですが原因はこの選定の段階で発生したようです。また1つの景に複数の石碑がある場合があるようですが無理くり1つの景にまとめたからなんだろうなぁーと腑に落ちました。
えーつまり茨城百景の景には
①一地域、一観光地を指す名称がついた景。包含風景はその観光地の見所。(例:夢の浮島など)
②直接関係はないが隣り合って存在する複数の名所や観光地を一括りにしてその中の特定の場所が景の名称となっている景。
③その他(後述)
の3パターンがあるという事になります。
①に近隣の関係無い観光地が結び付けられる事もありますが大雑把に分類すればこんな感じ。
そして②のパターンで景の名称に選ばれる場所と包含風景になる場所のロジックは候補地や人気投票の結果を見てみると原則的に景の名称は人気投票で選ばれた場所の名がつけられ、包含風景は周囲の観光地という構成にしているっぽいです(原則的になので例外アリ)
これを包含風景というのは失礼というか・・・そもそも包含じゃない感じもしますが役所までこのテキトーな感じなのが茨城らしくていいですね。
そして③なんですが前途の通り候補地として挙げられた180ヶ所と投票で選ばれた100ヶ所の一覧表を見ると実際の茨城百景の一覧表とは食い違いがあると書きました。
自分の見間違いでなければ候補地にすら入っていない景が百景入りしていて人気投票で100位内に入った景がその包含風景に・・・なんてものも見受けられます。なんなんでしょうかね?
更に読み進めて行くとヤバい新情報が出てきました。

1966年に県の観光課が新しい一覧表を出していた事が判明。問い合わせが『意外』に多いって・・・一覧表がガバガバだからなのでは・・・。そして一覧表を見ていくと1966年版のほうは一部が修正されています。例として同一覧表における浮島の表記がこれ。

ほらほら夢の浮橋がちゃんと正式名称の夢の浮島に修正されて・・・
あれ・・・
表記どころか包含風景が足されてるんだが?
(1950年版には浮島淡水浴場は無かった)
更にはアプデが入っている所もあります。例として鹿島港の開発で景色が大幅に変わった『鹿島砂丘と神之池』の包含風景には選定当時には無かった筈の鹿行臨海工業地が追加されています。
ちなみにネット上で見れるWikiの茨城百景のページや県のHPで見れる一覧表は1950年版です。
これ地味にヤバないっすかw軽く検索した限りではWeb上では1966年版の一覧表は出てこないみたいなんだが・・・ちなみに1966年版もちゃんと見てみると誤字脱字だらけなので1950年版と突き合わせて推理するしかありません。県庁に問合せようにも当時百景選定に関わった人なんて今県庁どころかこの世にいないだろうしこれ何もわからなくて詰む景もそのうち出てきそうです。
そしてまた気になる所が

若者の間で流行ってる!
この郷土を知る運動は調べてみると実際あったようで、1974年の茨城国体に向けた「県民運動」の中に「郷土を知る運動」が実在したようです。
多分なんですがこの若者達に関しては個人的に大阪万博後から行われたディスカバー・ジャパンという国鉄のキャンペーンの影響が強いと思います。有名なケンメリのCMもこの時代のですしこの若者達はそういう流行に乗っかった感じですかね。
しかし室伏氏が唐突に70年代に20年ほど前の茨城百景を巡って本にしようとした事に関しては茨城国体がきっかけの可能性が高そうです。
本の中でも開発が云々かんぬんとか景観の復元が云々かんぬんとか書かれてるんですが70年代は国土開発で日本の景色が大幅に現代化した直後にあたるんですよね。理由は1962年に全国総合開発計画が策定されてから急速に国土開発が始まったからです。年代別の航空写真を見ると70年代の写真からマジで唐突に地形が変わります。
そしてこの茨城国体の時も国体を口実に数多の開発事業が行なわれたらしく、郷土を知る運動と重なって記録を残そうとなったのだと思います。
とりあえず前書きを読み終わったら実際の『内容』です。
詳細に調査!記録!ガイド!等結構勇ましい事を書いてあるし主催した新聞社の人だから半公式ガイドブックみたいな感じなんかなーと期待してたんですが結構内容が薄い。
まず一景2ページ構成で描かれています。(文章自体は一景1ページ)簡単な説明文と現地の写真数枚、そして現地の地図があったりなかったりという感じ。
しかし地図はかなりざっくりしていて石碑、各名所、包含風景の分かる所だけ表記という感じでうーん。

少なくともこの本だけでは包含風景含めすべてを巡るのは不可能です。特に景のロケーションの情報は得にくいです。
しかし選定当時と全く景色が変わってしまっている現代で茨城百景巡りをする上ではこの本に書かれている国土が大幅変化した直後の時代の情報はかなり貴重です。
あと茨城百景めぐりは古い本なので文章が読みにくいんですが、茨城百景巡歴に関しては書かれた時代がそれより後である事と著者が新聞記者なので非常に読みやすいです。また情報量が少ないがゆえに簡潔に景の概要が書かれているので大枠だけサクっと知りたい場合はこれがいいですね。
おまけ

室伏氏は自然環境の保護と未来の県土がどうなってるか気にしてますが40年後かつての百景の地の多くが少子高齢化、過疎化で管理者がいなくなり草ボーボーで自然に還りかけてる場所多数なのである意味自然環境の保全は最高レベルです(白目) しいて言えばソーラーパネル畑が各地にボコボコ出来てるという現状はありますがそれもそのうち・・・
この本が書かれた時代は公害の時代を経てからのとにかく開発開発の世情であり当時の室伏氏には現代のこの人間が減る事で自然環境が保全される様はまるで想像がつかなかった事でしょう笑
