朝の光
昨夜の「返して」が、まだ胸の奥に残っている。
眠れたような、眠れていないような……
そんな曖昧な感覚のまま、私はゆっくりと目を開ける。
体をゆっくりと手を支えにして、ベッドの上に起こす。
胸の奥から伝わる何かが、じんわりと重い。
光粒が、服の下で微かに脈動している。
部屋の洗面台に付いた鏡を覗き込む──
瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、私とは違う“揺らぎ”が走った気がした。
「……気のせい、だよね……」
そう言い聞かせて、私は部屋を出た。
ルミエラの直感
私が扉を開けた瞬間、
左隣の部屋からルミエラが同時に出てきた。
「あっ……ニカさん……おはようございます。
……あれ?……その、顔色が……」
心配そうに覗き込むその瞳が、
胸の奥をチクリと刺す。
「大丈夫だよ。……ちょっと寝不足なだけ」
不安を感じさせないように、精一杯笑ってごまかす。
でも、ルミエラは“いつもと違う”と気づいていた。
その優しさが、逆に胸に刺さる。
“理の揺らぎ”
私とルミエラが話していると、
私の右隣の部屋から、ネリアお姉様が静かに姿を見せた。
ネリアお姉様が私の近くに立った瞬間──
いつもの優しく包み込む表情がわずかに揺れた。
「……深層の気配が……まだ残っていますね……
ニカさんの周囲に……微かに揺らぎが……」
ネリアお姉様の指先が私の手に触れた瞬間、
胸の奥の重さが一瞬だけ和らいだ。
(……私が……揺らぎの中心……?)
そんな考えがよぎる。
胸の奥で、また“何か”が脈打つ。
3人で宿屋の食堂へ向かう途中、
胸の奥が突然、存在を主張する様に強く脈打った。
「……っ……!」
光粒が反応して、微かに明滅する。
あの声は聞こえない。
でも、確かに“何か”が、私の中の“何か”が揺れている。
ルミエラもネリアお姉様も気づいていない。
私だけが、その波を受けている。
(……返して……?
いや……今は聞こえない……)
不安だけが、静かに積もっていく。
来訪者
食堂に入り、私たち3人は空いたテーブルに座る。
ほのかに香るコーヒーの香りが、朝の穏やかさを強調している。
扉が静かに開く。
ティリアが、入ってきた。
私たちを見つけて、落ち着いた足取りでこちらへ歩いてくる。
「ニカさん。ルミエラさん。ネリアさん。おはようございます。
昨夜の件が気になり……様子を見に来ました」
声は静かで、表情もほとんど変わらない。
「……ミリアは、今朝はまだ休んでいます。
泣いた跡はありましたが、体調に問題はありません。
しばらくすれば落ち着くと思います」
淡々と、単調に必要な情報だけを述べる。
そして、同じ調子で続けた。
「それと──アストルから伝言があります」
その言葉に、私の周りの空気が少しだけ張りつめる。
「深層の主様が“目覚めかけている”と。
ニカさんの身に、何か変化が起きていないか……
確認するように、と」
その言葉が落ちた瞬間、
また、胸の奥が強く脈打った。
光粒が、服の下で明滅する。
深層の記録庫へ
もう、私の異変は隠しきれなかった。
心配そうに、ルミエラが私の手を握る。
ネリアお姉様は私の様子を確認し、いつにもなく深刻な表情で言った。
「……深層の記録庫に行きましょう。
“返して”……ニカさんが聞いた……
この言葉の意味を探るには……そこしかありません」
私は胸を押さえながら、小さく頷いた。
「……うん。……そこで何かがわかるなら……
私は行きたい……」
胸の痛みはより強くなっていく。
静かに、でも確実に──
深層の影が近づいてきていた。
✦ お読みいただき、ありがとうございます
深層編はまだ始まったばかりです。
ゆっくり、一緒に進んでいただけたら嬉しいです。