第1部の旅を終え、物語はいよいよ第2部へと進みます。
これまで歩いてきた「理の表側」から、
少しずつ、その奥へと足を踏み入れていく──
その境界に立つのが、この第10話です。
仲間との別れ、
そして新たな出会い……
ゆっくりと、しかし確かに動き始める“理の揺らぎ”と、
その先に待つ者の影。
第2部の幕開けとなる導入回として、
静かな気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。
【AWS Lore #SAA‑10】命の理へ至る道
◆ 1:旅の続き、そして“揺らぎ”
春の風が草の海を渡っていく。
私は、ルミエラとネリアお姉様、ガルド、エルドさんと一緒に草の海を歩いていた。
五人での旅は、もうすっかり日常になっていた。
けれど──その日は、どこか空気が違っていた。
「……なんか、変な感じがするな」
ガルドが胸のあたりをぽりぽり掻きながら言った。
「……ガルド、どうしたの?」
私が尋ねると、ガルドは苦笑いを浮かべる。
「いや、なんつーか……胸んとこがムズムズするっていうか。
……嫌な風が吹いてる感じ、かな」
その言葉に、ルミエラがふと足を止めた。
「……理の流れが、少し……変わり始めています」
ネリアお姉様も、わずかに表情を曇らせる。
「確かに……落ち着かない気配を感じますね……」
エルドさんは空を見上げ、目を細める。
「ほう……こりゃあ、風向きが変わり始めちゅうかもしれんのう」
胸の奥がざわつく。
胸の奥のざわつきを感じながら、私たちは前に進み続けた。
◆ 2:白い鳥が告げる別れ
夕暮れが近づいた頃。
一羽の白い鳥が、ひゅう、と風を切ってガルドの肩に降り立った。
「うおっ……なんだよ、お前」
驚くガルドをよそに、白い鳥の足に不自然な感じがする。
よく見ると、足には小さな封筒がついていた。
見覚えのある封蝋に、エルドさんが目を細める。
「ふぅむ……こりゃあ……グラン翁からじゃの」
鳥の足から封筒を取り、封を切ったエルドさんの表情が、少しだけ真剣になった。
「……エルドさん……どうしたの?」
私が不安そうに尋ねると、ガルドが横から覗き込み、びっくりした声を上げた。
「マジかよ……急ぎで戻ってこい、だとよ」
エルドさんは小さく息を吐き、
それでも口元にはいつもの軽い笑みを浮かべた。
「グラン翁がここまで言うっちゅうことは、
わしらが戻らんといかん用事ができた、っちゅうことじゃき」
「えっ……エルドさんたち……戻るの?」
私は驚きと不安で、声が震えた。
ガルドは頭をがしがし無造作にかきながら、私を見る。
「悪ぃな、ニカ。
オレたち、ちょっとだけ抜けることになっちまった」
その顔は少しバツの悪そうな顔をしていた。
でも、すぐにいつもの豪快な笑みを浮かべる。
「お前はお前の道を、ちゃんと進めよ。
ここまで来たニカなら、絶対大丈夫だ」
エルドさんも私の前に歩み寄り、
ふっと優しく笑って──
風みたいに軽く、だけど少し無造作に、私の髪をわしゃわしゃっと撫でた。
「おまんは、ようやっとるき。
胸張って、おまんの道を進めばええがよ」
その言葉に、私は胸がぎゅっと締めつけられる。
ネリアお姉様が私の手を取り優しく告げる。
「ガルドさんとエルドさんは戻ってきますよ。
この方たちは、そういう人です」
ルミエラも静かに頷く。
「ニカさん。
……私たちは、ここで立ち止まるわけに……はいきません」
ルミエラの声は、どこか決意を帯びていた。
私は唇を噛み、ルミエラの言葉に頷いた。
「……うん」
「ほいたら、またの~」
エルドさんが明るく手を振って、私たちの見送りに応える。
「ニカ~。ちゃんと歯~磨いて寝るんだぞ~」
ガルドのその言葉に私はふふっと笑ってしまう。
「またね~」
と大きく手を振る私を背に、二人の背中が夕陽に溶けていく。
私はその姿が見えなくなるまで、ずっとルミエラ、ネリアお姉様と3人で立ち尽くしていた。
◆ 3:三人での旅路
その夜。
ルミエラ、ネリアお姉様、私。
三人だけの焚き火の輪は、どこか広く感じられた。
ぱち、ぱち、と火の音だけが響く。
「……あの騒がしいガルドさんがいなくなると、少し寂しいですね」
ネリアお姉様の言葉に、私は小さく頷いた。
「うん……
でも、二人が戻ってくるって信じてる」
ルミエラは炎を見つめながら言った。
「ニカさん。
……あなたの旅は、ここからが……本番です」
「本番……?」
ルミエラの言葉に私は疑問を浮かべる。
「ええ。
……これまでは理の“表側”を私たちは歩いてきました。
……これから向かうのは、……その……奥です」
ネリアお姉様が優しく微笑んで、そっと手を包み込んでくれる。
「ニカさんなら、きっと……大丈夫ですよ」
私はその二人の言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
◆ 4:新しい出会いの前触れ
翌朝。
森の中の細い道を歩いていると、
ルミエラがふと何かを思いついたのか、その足を止めた。
「……そういえば」
足を止めたルミエラに、私が尋ねる。
「……どうしたの?」
「この近くに、……あなたを紹介したい家があります」
ネリアお姉様が、一瞬首を傾げ、思いついた様に目を瞬かせる。
「……レイアス家!ですね?」
ルミエラは頷いた。
「はい。ネリアお姉様。
理の流れに近い場所に……住む方々です。
ニカさん、あなたがこれから向かう道に、
きっと関わってくる人たちです。」
私はルミエラの言葉に、少し緊張しながら頷く。
関わりがあるなら会ってみたい。その言葉を口にする。
「……会ってみたい」
◆ 5:新しい出会い
白い石造りの屋敷が見えた。
私は思わず息を呑む。
ルミエラが扉に掛かる呼び鈴を鳴らすと──
少し開いた扉から、小柄な女の子が顔を出した。
「……あれ?」
私の顔を見るなり、胸を押さえる。
「なんか……ざわざわする……」
小柄な女の子より少し背の高い女の子が後ろから現れた。
「ミリア。落ち着きなさい」
その時──
「まあまあ、ティリアちゃん。
難しい顔ばっかりしないのよ」
ふわりと柔らかい声がして、奥から最初の女の子より小柄な女性が現れた。
若く見えるけれど、どこか母親のような安心感がある。
「ようこそ、我が家へ。
私はティナ。
こっちの背の高い子がティリアで、
小さい子がミリアよ。あなた、お名前は?」
私は慌てて姿勢を正して、名乗る。
「……ニカ。ニカ・ルリエです。
よろしくお願いします」
ティナさんはにこっと笑った。
「ふふ。
ニカちゃんって呼んでいいかしら?」
「えっ……はっ……はい……よろしくお願いします」
その時、私たちの後ろに大柄な男性が姿を表す。
「ただいま戻った」
少し武骨な感じの男性の肩には、土埃がついている。
「……玄関先で何を騒いでいる。まずは客人を中に通しなさい」
ティナさんが微笑む。
「おかえりなさい。あなた。
こちら、ニカちゃんよ。
こっちは、私の夫。シギルよ」
シギルさんは短く頷いた。
「……ようこそ。遠慮せず入れ」
私は深く頭を下げた。
「おっ……お邪魔します……」
◆ 6:温かい一時と不穏な影
リビングに案内されると、ティナさんが思い出す様に聞いてきた。
「珈琲と紅茶、どっちがいいかしら?」
「あっ……甘めの紅茶を……」
ルミエラが小さく手を挙げる。その姿が何とも言えず可愛らしい。
「私はブラックコーヒーを」
ネリアお姉様は迷いなく言った。
「わ、私も……ブラックで」
私がそう言うと──
「っ……!」
ルミエラの顔が真っ赤になって言った。
「コ、コーヒーに……砂糖三つと……ミルクたっぷりで……」
ティナさんはふふっと笑い、
「わかったわ。ブラックコーヒー2つと、カフェオレね。」
注文を確認して、彼女はキッチンへ向かった。
お湯の沸く音と、楽しそうなティナさんの鼻歌、香ばしいコーヒーの香りがリビングに広がってくる。
その間に、ルミエラが話題をそらすように尋ねた。
「シギルさん。
先ほど外に出ていたようですが……
何かありましたか?」
シギルさんは腕を組み、静かに言った。
「……森の方で、妙な“揺れ”を感じた。
理の流れが、わずかに歪んでいた」
胸の奥がざわつく。
その時──空間が“ふるり”と歪む。
◆ 7:怪しい来訪者
空気が震えた。
「っ……!」
視界が一瞬だけ歪む。
次の瞬間、リビングの中央に“影”が形を成した。
ふるり、と空間がほどけるように。
そこに立っていたのは──
老紳士だった。
深い紺色の上着。
丁寧に撫でつけられ、整えられた白髪。
グラン翁とはまた違う、きちんと整えられた白い髯。
背筋の伸びた、執事のような佇まい。
「ニカ様。
お迎えに上がりました。」
その老紳士からは、思わぬ言葉が飛び出す。
ネリアお姉様が即座に杖を構えて、私の前に立つ。
「あなた……何者ですか……」
普段は優しいネリアお姉様からは、想像できない様な警戒心を感じる。
ルミエラも私の横に立ち、警戒心を隠さずに睨む。
「……どちら様ですか?」
老紳士は丁寧に深く頭を下げた。
「これはこれは……申し遅れました。
私はアストルと申します。
ニカ様を──“とある方”の命によりお迎えに上がりました。
以後お見知り置きを……」
その所作は完璧で、
どこか安心感すら感じる──
だけど、私の胸のざわつきは消えない。むしろ私の中の光粒がざわつきを増す。
ネリアお姉様の杖は下がらず、ルミエラの瞳も鋭いまま。
私は息を呑む。
第2部の幕が、静かに上がった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この第10話は、第2部へ進むための“扉”のような回でした。
ガルドとエルドさんとの別れ、
レイアス家との温かい出会い、
そして謎の老紳士、アストルの登場。
静かに揺れ始めた理の気配とともに、
ニカの旅は少しずつ“奥”へと進んでいきます。
次回、第11話では、
いよいよ深層の世界が姿を見せ始めます。
また読んでいただけたら嬉しいです。
それでは、また次回お会いできることを楽しみにしてます。