TL;DR: 文藝春秋×note共催のSDGsエッセイコンテストの過去4年分の受賞作30本を、要約とベクトル埋め込みで分析したところ、一貫した物語構造がいくつか浮かび上がった。ところが主催者自身が今年度向けに用意した「お手本」エッセイは、その構造の形式は正確になぞっているのに、受賞作に複数回見られた有力なパターンのひとつと、コンテストの主題であるはずのSDGsそのものへの言及を、どちらも欠いていた。型を真似ることと、型の中身を満たすことは別物だという、地味だが実務的な発見(サンプルは1コンテスト・30本+お手本1件に限られる、という留保つきで)。
「似ている」をAIがどう判定しているか
普段の「検索」の多くは、キーワードの一致を頼りにしている。「SDGs」と入力すれば、「SDGs」という文字列を含む記事が返ってくる、という仕組みだ。
この記事で使っている「ベクトル検索」は、少し違う道具立てで動いている。AIが文章をひとつずつ読み込み、その意味を数百個の数値の並び(ベクトル)に変換する。似た意味の文章同士は、使われている単語が違っても、この数値空間の中で近い位置に集まってくる。逆に同じ単語を使っていても、意味がずれていれば遠い位置になる。
たとえば「捨てていた海苔に、実は価値があった」という話と「古いウェディングドレスを繕い続ける仕立て屋」の話は、単語としての共通点はほとんどない。それでも「見過ごされていたものへの気づき」という意味では近そうに思える——ベクトル検索は、この種の"意味の近さ"を数値上の距離として捉える仕組みだ(この2本が実際に近いと判定されたかどうかは、後の章で確かめる)。
以下で「類似度」「近傍」と書いているのは、この数値空間上での距離のことだと思ってほしい。距離が近いほど、AIはその2つの文章を意味的に近いと判定している、ということになる。感覚としては、キーワード検索が「同じ言葉を探す」道具だとすれば、ベクトル検索は「似た意味を探す」道具だと考えると近いかもしれない。この"意味の近さ"という感覚は、実際のデータでどこまで信用できるのだろうか。
文藝春秋×note共催のSDGsエッセイコンテストの受賞作を、まとめて読む機会があった。過去4年分、グランプリと優秀賞をあわせて30本。「#未来のためにできること」というテーマで、応募者は1000字以内の実体験エッセイを書く。
最初は単純な好奇心だった。何が選ばれているのか、何となく傾向はあるのか。読み進めるうちに、その「何となく」が思ったより明確な形を持っていることに気づいた。
三幕構成と、ひとつの強い型
30本を読み比べると、ほとんどの作品が同じ骨格を持っていた。日常の中の小さな出来事や誰かの一言があり、それをきっかけに価値観が転換し、最後は未来への抽象的な意思表明で締める。この三幕構成は、審査基準に掲げられている「実体験から生まれた気づきと独自の視点」という言葉と、驚くほど素直に対応しているように見える。
「ほとんど」がどれくらいかを、後から数え直してみた。
| 見出したパターン | 該当した作品数 | 割合 |
|---|---|---|
| 三幕構成(明確な単一のきっかけがある) | 24/30 | 80% |
| 無価値→価値の反転構造 | 6/30 | 20% |
| 職業や専門性を通じた気づき | 12/30 | 40% |
三幕構成はやはり大半に見られた。もうひとつ、結びの文が「断定的か、開かれているか」という軸でも分類できないかと試したが、これは表に残さないことにした。段落全体を読んで判定すると4割が「開かれた」結びに見えたのに、最終文の語尾だけを機械的にチェックする方法(この記事自体のトーンをチェックしているのと同じ基準)に切り替えると、その割合は3%まで落ちた。判定方法を変えるだけで数字が10倍以上動くようでは、パターンとして数える資格がないと判断した。この不安定さそのものが、「型」をAIで語るときの落とし穴なのかもしれない。
もうひとつ、印象に残るパターンがあった。「無価値だと思っていたものに、実は価値があった」という反転の物語だ。ある年のグランプリは、市場では売り物にならないと捨てていた青海苔を、ある人に「その香りが欲しい」と言われて考えを改める漁師の話。別の年のグランプリ作品は、古いウェディングドレスを繕い続ける仕立て屋の話だった——環境配慮としてではなく「繕うことが好きで、物語を宿したものは美しい」という思いからの手仕事だという。年度も筆者もまったく異なる二本のグランプリ作品に、どちらも「見過ごされていたものへの気づき」という共通の手触りを感じた。
偶然と片付けるには、出来すぎている気がした。もっとも、たった2本の一致で「型」と呼んでいいのかは、自分でも半信半疑だった。
この直感を、ベクトルで確かめてみることにした。結果は、期待していたものと違った。この2本は、ベクトル空間上で互いの近傍として現れなかった。
読み違えていたのは、おそらく物語の型そのものだった。海苔の話は「捨てていた→ある人の一言で価値に気づく」という、明確な一直線の反転構造を持っている。一方でドレスの話をあらためて読み返すと、軸にあるのは「繕うことが好き」という一貫した職人の信念で、無価値なものが有価値に転じる瞬間そのものは描かれていない。表面上は似た手触りに感じたが、物語の骨格としては別物だった、ということなのかもしれない。今回は、ベクトルのほうが最初の思い込みより正確だったようだ。
教訓: 「直感で似ていると感じる」ことと「同じ物語構造を持つ」ことは別物だ。ベクトル検索は、この2つを混同していないかを確かめる道具として機能した。
30本すべての近さを図にしてみると、いくつかのまとまりが見えてくる。
| トピックのまとまり | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 自然・コミュニティとの関わり(最も緩やかで大きなまとまり) | 12本 | 40% |
| 気づかれない存在・誰かのための想像力 | 5本 | 17% |
| 食・住まい・世代を超えた分かち合い | 5本 | 17% |
| ものづくり・手仕事で無価値を活かす | 3本 | 10% |
| 消費・環境インフラへの視点転換 | 3本 | 10% |
| 戦争の記憶・継承 | 2本 | 7% |
このまとまり分けでも、ドレスの話は「ものづくり・手仕事で無価値を活かす」、海苔の話は「消費・環境インフラへの視点転換」と、別々のグループに分類された。さきほどの「実は反転構造ではなかった」という気づきと、ちゃんと辻褄が合っている。一方、最大のまとまり(自然・コミュニティ系)は、明確な一つのテーマというより、色々な話が緩やかに連鎖してひとつながりになっていた——これはこれで、テーマの多様性の表れなのかもしれない。
お手本と照らし合わせてみる
このコンテスト、今年度の募集ページには参考作品として、モモコグミカンパニーさん(BiSHの元メンバー)が主催者の依頼で書いたエッセイが添えられていた。「良い書き方の例」として示されたものだ。
せっかくなので、これも同じ方法で分析してみた。
結果は少し意外だった。お手本エッセイは、受賞作30本と同程度の類似度帯に収まっており、類似度で見ても外れ値ではなかった。
| 受賞作30本との類似度 | |
|---|---|
| 平均 | 0.859 |
| 最も近い作品 | 0.898 |
| 最も遠い作品 | 0.825 |
参考までに、受賞作同士(お手本を含まない)の類似度は0.85〜0.88の範囲に収まっている。お手本の数値もほぼ同じ帯に入っており、突出した外れ値ではないことがわかる。
三幕構成もきちんと踏襲している。日常の小さな出来事(SNSでの反響)をきっかけに気づきが生まれ、内省的な一文で締めくくられる。形式だけを見れば、模範解答と呼んでもいいのかもしれない。
ただし、二つの点で、実際の受賞作とは違っていた。
ひとつは、あの「無価値だったものへの価値の再発見」という反転構造がないこと。お手本のテーマは自身のキャリアと働きがいについての内省で、廃棄物や見過ごされていたものが再評価される、という筋書きは登場しない。
もうひとつは、もっと根本的だった。SDGsという言葉も、17の目標のどれかへの言及も、社会全体への影響を語る一文も、お手本エッセイのどこにも見当たらなかった。一人称の内省がずっと続く、いわば「未来の自分への手紙」のような文章だった。一方で実際の受賞作の中には、文末に目標番号まで具体的に書き添えているものも複数見られた。個人的な体験談という形式を取りながらも、社会的なテーマへの接続を意識的に残す作品があった、ということだと思う。
受賞作30本が実際どの目標に触れていたかも、内容から拾って数えてみた(著者が番号を明記していない作品が大半なので、これはこちらの読み取りによる目安であることは断っておきたい)。SDGsの17目標そのものについては、日本ユニセフ協会のページに一覧がある(note公式もこのページを参照している)。
| 目標 | 該当した作品数 |
|---|---|
| 12: つくる責任つかう責任 | 10本 |
| 10: 人や国の不平等をなくそう | 6本 |
| 16: 平和と公正 | 5本 |
| 5: ジェンダー平等 | 5本 |
| 8: 働きがいも経済成長も | 4本 |
| 11: 住み続けられるまちづくり | 4本 |
| 3: 健康と福祉 | 3本 |
| 15: 陸の豊かさも守ろう | 3本 |
| 14: 海の豊かさを守ろう | 2本 |
| 2: 飢餓をゼロに | 2本 |
| 4: 質の高い教育 | 1本 |
| 6: 安全な水とトイレ | 1本 |
| 1: 貧困をなくそう | 1本 |
| 7: エネルギー | 0本 |
| 9: 産業と技術革新 | 0本 |
| 13: 気候変動 | 0本 |
| 17: パートナーシップ | 0本 |
いちばん多かったのは「つくる責任つかう責任」で、30本中10本。お手本エッセイにはこの数字がまるごとゼロだったわけで、受賞作の3割強が触れているテーマに、お手本は一言も触れていなかったことになる。
ここで、さきほどの「無価値→価値の反転構造」というパターンを思い出してほしい。この2つ、実はかなり重なっていた。反転構造を使っていた6作品のうち、5作品(83%)が「つくる責任つかう責任」にも該当していた。逆方向で見ると、「つくる責任つかう責任」の10作品のうち反転構造を使っていたのは半分(5作品)だけだった。
つまり、反転構造は「物語の型として独立に見つけた発見」というより、「つくる責任つかう責任というテーマを選んだ時点で、自然と出てきやすい書き方の一つ」という説明のほうが正確なのかもしれない。ただし目標12を選んだ作品が全部この型を使うわけでもなく(冷蔵庫の話やさつまいもの話は反転を使わず別の切り口で書いていた)、テーマと型が完全に一致していたわけでもなかった。
念のため、他の2つのパターンも同じように目標12との重なりを調べてみた。30本全体に占める目標12の割合は33%だったので、これを基準にする。
| パターン | 該当作品中の目標12率 | 基準率(33%)との差 |
|---|---|---|
| 三幕構成 | 33% | ±0ポイント |
| 無価値→価値の反転構造 | 83% | +50ポイント(約2.5倍) |
| 職業を通じた気づき | 25% | −8ポイント |
反転構造だけが突出していて、残り2つは目標12を扱っているかどうかで大きな差が出なかった(有意差の検定はしていない、30本という小さい母集団での記述統計にとどまる)。三幕構成・職業を通じた気づきは、どの目標を扱っているかに関係なく現れる、本当の意味での「物語の型」と言えそうだ。反転構造だけが、テーマ選びの影響を強く受けていた、ということになる。
もうひとつ、数えていて気づいたことがある。17目標のうち4つ——エネルギー、産業と技術革新、気候変動、パートナーシップ——は、30本のどれにも一度も登場していなかった。特に気候変動は、SDGsの中でもかなり知名度の高い目標のはずだ。それがゼロだったのは、少し意外だった。
SDGsは「17目標は統合され不可分」という立場を取っている。これは本来、政策として目標同士が絡み合っているという意味で、「あらゆる文章で17目標を均等に語るべき」という話ではないはずだ。それでも、1000字の実体験エッセイという形式そのものが、語りやすい目標と語りにくい目標を生み出しているように見える。ゴミや消費という身近な体験は物語にしやすいが、気候変動や産業構造は個人の一人称エピソードに落とし込みにくいのかもしれない。
この偏りが「審査する側の好み」によるものなのか、それとも「応募する側がそもそもそういうテーマを選びがち」なのかは、今回のデータだけでは切り分けられない。受賞作でなく応募作全体を見れば手がかりになりそうだが、過去の年度分の応募作をさかのぼって見る手段は見当たらなかった——コンテストの投稿ページには期間を指定して過去の投稿を掘り起こす機能がなく、今見えるのは直近の投稿だけだった。今回どの目標が勝ったかはわかっても、なぜその目標が選ばれやすいのかは、まだよくわかっていない。
留保: ここで言う「見出したパターン」は、あくまで受賞作30本に観察された特徴であって、審査基準そのものではないだろう。非受賞の応募作との比較ができていない以上、「この特徴があるから勝った」という因果関係までは言えない——言えるのは「受賞作にはこの特徴が多く見られた」というところまでだ。
そのうえで、主催者が示した型は、「当たらずとも遠からず」だった。骨格は正確に模倣していたが、受賞作に観察された特徴のすべてを代表しきれていなかった。
型を真似ることの限界
この結果を、単なるコンテスト攻略のトリビアとして片付けるのはもったいない気がした。
AIで「勝ちパターン」や「成功事例の型」を分析するとき、私たちはしばしば表層の構造——三幕構成、起承転結、テンプレート的な流れ——を抽出して満足してしまう。しかし今回わかったのは、構造が一致していても、その構造の中に何を入れるかで結果はまったく違うものになりうる、ということだった。お手本エッセイは形式的には模範解答でありながら、実質的には見つかった勝ちパターンの一部しか代表していないのかもしれない。
主催者自身が善意で用意した参考作品でさえ、この差を埋めきれていなかったのは興味深い。型を作る側にいる人間でさえ、受賞作に実際に表れている特徴をすべて言語化できているとは限らないのかもしれない。
これは応募者への教訓というより、私たち自身への戒めに近い。型を分析するとき、「構造が同じだから同じように評価される」という前提を、どこまで疑えているだろうか。
同じ検証手法を、別のコンテストや別のジャンルの「お手本」に当てはめたら、どんな結果が出るのだろうか。
本記事はさくらインターネット「さくらのAI Engine 3,000リクエスト使い切りチャレンジ」への参加作品です。分析対象は文藝春秋×note「#未来のためにできること」エッセイコンテストの公開受賞作。本記事の要約生成にはClaude Opus 4.8、ベクトル化・類似度分析にはローカルの埋め込みモデル(intfloat/multilingual-e5-small、384次元)を使用しています。シリーズの他記事では、さくらのAI Engine(Kimi-K2.6、文書RAG API)も利用しています。
気になった方は、リンク先の元記事もあわせて読んでみると面白いかもしれない。








