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寿司マン     第6話 (創作大賞2026エンタメ原作部門)

父さん…

僕はただあなたに褒められたかった…

先祖代々大地主の家系だった山中家は、戦後に起こした不動産会社を皮切りに、建築、運送など様々な事業を行う山中グループを作り、地元では確固たる地位を築いていた。 

グループの代表取締役である山中の父は、県会議員を三期勤めたあと、衆議院に当選し、その影響力をより盤石なものにしていた。

そんな名家の1人息子として生まれた山中は、幼い頃から英才教育を施され、学力的に優秀だっただけでなく、生来生まれ持った運動神経の良さにより勉強もスポーツも常に学年トップであった。

本来、神童として褒め称えられるべき成績であったが、山中家の男子にとっては至極当然の成績であったため、父に報告してもいつも

「そうか、わかった」

と言われるのみであった。

山中家では、母が父に敬語を使っていたのもあり、息子の山中もそれにならって父に敬語をつかっていた。

多忙を極める父は、在宅している時もずっと仕事をしていた。

幼少の頃から、親子のコミュニケーションはほとんどなかったが、会社のため、地元のため、国のために寝る間を惜しんで働いている父を山中は心から尊敬していた。

そんな厳格な父が唯一家族の前で笑顔を見せるのが食卓であった。

多忙な父とはたまにしか食卓を囲めなかったのだが、父は母の作る家庭的な料理が大好きでいつも嬉しそうに食べていた。

そんな嬉しそうな父を見て母はとても幸せそうであり、それを見た山中もまた、いつもとても満たされた気持ちになっていた。

山中の父は仕事の会食で高級な料理ばかりを食べていたので、母の作る家庭的な料理、特に地元の特産の 銀葉樹 という海鮮のふりかけに醤油と隠し味のごま油を加えてご飯にまぶして握るおにぎりが大好物だった。

いつもは厳格な父だがそのおにぎりが食卓にでてきたときは、まだおかずが完成してなくても

「おっ、今日は銀葉樹のおにぎりか。一つ先につまんでよいかな?」

と言って子供のようにつまみ食いをするほど楽しみにしていた。

山中は父に褒められたくて、母に銀葉樹のおにぎりの作り方を聞いた。

そしてある日に、母が作ったものとして自身が作った 銀葉樹のおにぎりをこっそり父に出してみた。

父はいつものように美味しいと言って食べてくれた。

父にそのおにぎりは実は自分が作ったものだと言うと

「すごいじゃないか。すごく美味しいよ」

と言ってくれた。

生まれてからの記憶で、父に褒められたのは初めてだった。

そんな日々を過ごしていたある日、突然の不幸が山中家を襲った。

もともとあまり体の強くなかった母が3ヶ月の入院の末に亡くなったのだ。

山中は母が亡くなってとても悲しかった。

そして自分以上に悲しんでいる父のことが心配だった。

母が入院した段階で家には家政婦が来ていたが、以前のように父が食卓で笑顔を見せることがなくなった。

父は母が亡くなってから、より一層仕事に没頭していた。

父は泣き言などひと言も言わなかったが、深い悲しみの底にいるのは息子の山中には痛いほどわかっていた。

珍しく父が早く帰宅した日に、家政婦さんに頼んで夕食を用意しないでもらい、山中は父のために母から教わった銀葉樹のおにぎりを作った。

父は目に涙をうかべながら、美味しい、美味しい といって食べてくれた。 

山中は父が喜んでくれたことがなにより嬉しかった。

それからは何ヶ月かに一度、山中の作った銀葉樹のおにぎりを食べるときだけが、母がいた時のような家族の食卓を取り戻せていた。

そんなある日、小学校の家庭科の授業の課題でおにぎり大会が開かれる事になった。

代表に選ばれた山中は当然、銀葉樹のおにぎりを作ることを決め、父にもその事を伝えた。

「あのおにぎりなら、絶対優勝できるぞ」

と、父は嬉しそうに激励してくれた。

当日、優勝したのは山中のおにぎりではなかった。

優勝したのは何の変哲もない、ただ鮭を焼いたものを具材にしただけのおにぎりだった。

母から教えてもらった銀葉樹のおにぎりには一票も入らなかった。 

山中は亡くなった母との思い出や、そのおにぎりを一番おいしいと思っている父をも否定された気持ちがした。

何より許せなかったのが、そのただ焼いた鮭をいれただけのおにぎりが美味しかったことだった。

山中自身も美味しいと思ってしまった事が自分でも許せなかった。

クラスメイトの何人かはそのおにぎりが美味しすぎて、ちょっと白目を剥いていた。

その夜、父に優勝できなかったことを伝えると

「そうか、わかった」

とだけ言って部屋に戻っていった。 

そしてそれからは銀葉樹のおにぎりを作っても、父が以前のような笑顔を見せることもなくなった。

山中家の男子にとって、たとえ何であろうと負けることは許されないことだった。

敗北の結果、山中は父との唯一の親子らしいコミュニケーションをとれる手段を失い、銀葉樹のおにぎりを作ることはなくなった。

その後は中学に入ってからも、勉強もスポーツも誰にも負けることはなかった。 

人生で唯一の敗北はあのおにぎり大会だけだった。

あの時に自分に勝った高橋という人間に対する憎悪はしばらくぬぐえなかったが、勉強でもスポーツでも頭角を表してこないので、次第に相手にする価値がないと見下すことで自分の感情に折り合いをつけていた。


それよりも、山中は生まれて初めて異性に対して恋をしていた。

それまでも勉強やスポーツができたために、何度も異性から告白をされてきた山中だったが、特に興味が湧かなかったために断り続けていた。

そんな山中が中学校2年生のときのクラス替えで一緒になった女子に目を引かれるようになった。

佐藤瞳と言う名前のその娘とは小学校でも同じクラスになったことがあったはずだったが、そのときは特段意識はしていなかった。

中学2年生で再会した彼女は、小学校のときよりも見違えるように美しくなっていた。

そして美しさもそうだが、彼女に惹かれた理由は亡くなった山中の母に雰囲気が似ていたことだった。

小学校の時はあまり意識してなかったが、成長した彼女は目元、口元や話をする時の仕草等が母によく似ていた。

「おはよう」

「おはよう」

ただ挨拶が返ってきただけなのに、なぜこんなに嬉しいのだろう。

なぜ彼女が他の男子と喋っているだけで、こんなに胸が苦しいのだろう。

山中は彼女をもっと知りたいと思った。

普通の中学生の男子が恋をしてその娘のことを知りたいと思ったら、その娘に話かけたり、友達にどんな娘か聞いたりするのだろうが山中は違っていた。

山中には権力があった。 山中には財力があった。

山中家では父が多忙で母も亡くなっているため、家では家政婦、それ以外の山中の困った事や要望を叶えるための専用の世話係がいた。

彼の名前は瀬戸熊といい、正式には山中グループの中の本社の総務部の所属であり、父の命令により山中の世話係と見守り係を兼ねたような役割をしていた。

山中は佐藤瞳についてもっと知りたくなったので、瀬戸熊に命じて調べることにした。

瀬戸熊の調査によると、佐藤瞳は5人姉弟の長女であり、母親は病気がちで入退院をくり返しているために、家事全般を彼女が担っているとの事だった。

山中やクラスメイトの前で見せる優しい顔は本物で、誰も見てない所でも困っている人には必ず親切にするとの事だった。

報告の中で驚いたのは、佐藤瞳の父親は山中グループの会社の社員であったことだった。

ただ、瀬戸熊のように本社の所属ではなく、グループの中でも傍系の会社の社員である事と、母親が病気がちな事、姉弟が多い事などが相まって経済的に苦しいため、高校は公立高校を志望しているという事であった。

支えてあげたい。 力になってあげたい。

山中は亡くなった母に似たこの美しい娘のそばにいて、支えてあげることを決めた。

調査結果を聞いた次の日に、山中は彼女を呼びだして

「君のことは調べさせてもらったよ。ずいぶん辛い思いをしてきたんだね。これからは、僕が君を支えるから、安心してくれたまえ。君のお父さんについても待遇を改善するように取り図ろう。他に何か希望はあるかい」

と言うと、瞳は

「ありがとう。でも、なんでそんなにしてくれるの?」

と言ったので山中は

「僕は君を彼女にすることにした。だからこれからも困ったことがあったら、なんでも言って欲しい」

と言うと

「えっ、どういうこと?」

と瞳に言われたので

「結論から言うと君のことを好きになったので僕と付き合って欲しい。僕は君を裏切らないし、君は将来的に山中グループの総帥の妻になるということだ」

と言った。

もはや、告白というよりは、通告といった雰囲気になっていたが、山中はいたって本気だった。

通告をきいた瞳は

「好きになってくれたのは嬉しいけど、私達まだ中学生だから、将来のことは考えられないよ……それに…私…好きな人がいるの…」

と言った。
 
好きな人だと⁈ くだらない。誰が僕に勝てるというのか⁈ 谷口か⁈ あいつは勉強だけじゃないか、しかもその勉強でも僕に勝ったことがない。 

川田か⁈ あいつはスポーツだけだ。しかもあいつもそのスポーツでも僕に勝ったことがない。

頭の中を一瞬でいろいろな男子が浮かんだが、自分に勝てる人間など一人もいないと思った瞬間、山中の脳裏に人生で一度だけ敗北したあのおにぎり大会がよみがえった。

黙りこんでいる山中に瞳は

「ごめんなさい…私…高橋くんが好きなの」

と言った。 

山中は

「高橋⁈ 高橋って、うちのクラスの高橋か?」

と言うと瞳は

「うん…だから…ごめんね」

と言って、頬を赤く染めながらうつむいた。

屈辱と忘れかけていた過去の怒りがこみ上げてきた。

あのおにぎり大会での屈辱…高橋…またアイツか‼

怒りをおさえながら山中は

「僕と付きわないということは、お父さんは明日付けで転職されるということでよいのかな?」

と言うと、瞳は

「なんでそうなるの?お父さんは関係ないじゃない。それに、今、会社をクビになるとお母さんの入院費だって」

と言ったが、山中は

「山中家を敵にまわすということは、そういうことです。ちなみにこの町では新しい仕事は見つからないと思うよ」

と言った。

このひと言で瞳は完全に山中の手中に落ち、交際を承諾した。

あの忌々しい高橋に想いをよせているのを知った時点で、山中の瞳に対する恋愛感情は急激に冷めていったが、高橋に奪われるのを阻止するためだけに交際をした。

山中は人生で2度も敗北の屈辱を味わった。

しかも、母の思い出のおにぎりをかけた大会と、初恋という人生の大事な場面で敗北した。

その屈辱を味あわせた高橋を必ず地獄に落とすと誓い、その後、高橋をクラス中で執拗にいじめた。

中学を卒業してすぐに、瞳を使って嘘の告白をさせて、水を浴びせてクラスの皆で嘲笑う屈辱も与えた。

まあ、瞳にとっては告白で言った内容自体は本心からのものだったみたいだが、いじめに加担した罪悪感で瞳と高橋がその後も関わりあうことはなかった。

瞳とはその件があったことにより、高橋と瞳が交際する可能性がなくなったと確信して別れた。

しかし、しかしだ‼

クラス中でいじめても、瞳を使って屈辱を与えても、高橋の、寿司マンの目がいっていた。

このままじゃ終わらせないと。

人知れずその目に恐怖を感じた山中は、瀬戸熊に命じて高橋を監視していくことを決めた。

その後、瀬戸熊からの報告では、高橋は名前を変え、整形をしたとの事だった。

整形だけならまだしも、名前を変えるのは明らかにおかしい。

やはり、アイツは復讐の機会を狙っている。

いつか必ず復讐にくると思っていたが、しばらくは何も起こらなかった。

しかし…一番嫌なときに奴は動いてきた。

前回の衆議員選挙で、山中の父は対立候補に思わぬ苦戦をした。

若く優秀な対立候補は必ず次回も立候補してくる。

山中家には敗北は許されない。

さらなる地盤の強化が必要になった山中の父は、選挙区内で有数の社員数を誇る滝野建設に公共工事の便宜をはかり、選挙協力を依頼した。

滝野建設からは選挙協力の約束のみならず、表にだせない資金援助を受けるようになった。

そんな矢先に高橋が自分の女を女体盛りに潜入させて、こちらの動きを探りはじめた。

女体盛りのネットワークを使われたら、父のスキャンダルにたどり着きかねない。

山中は高橋の女を籠絡し、どこまでスキャンダルをつかんでいるか調べようとしたが、女は口を割らなかった。

そんな折に高橋が休日に店に来いと誘ってきた。


ついに長い因縁に決着をつけるときがきた。




つづく


第7話 《最終話》


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