芸人ごっこ 第2話 (創作大賞エンタメ原作部門)
細井がそこまで本気であるならば、私も自分の
状況を伝えなければならない。
私が
「俺、就職試験で最終面接までいってるんだよね」
と言うと、細井は
「俺は お笑いをやるか死か という覚悟を持ってやるつもりだ。だから一緒に芸人になって欲しい」
と言ってきた。
どうやら就職試験の話はスルーされたようだった。
細井の熱い想いを聞いて、私もちゃんと本音を伝えることにした。
私は
「俺は今まで出会った中で、自分と同じくらい面白いと思った人間が3人いる。お前が芸人を目指すならハッキリ言うけど、お前はその3人に入ってない」
と言った。
その言葉に嘘偽りはなかった。
細井はコミュニュケーション能力が高く、高校や大学でも常にグループの中心的な人物ではあったが、細井自身は特段何か面白い発言をするわけではなく、いつも誰かが言った面白いことを1番最初に笑って相槌をうっていただけだった。
細井は私の言葉を聞いて
「ええ〜⁈ 俺入ってないの⁈ マジで⁈ マジで入ってないの⁈」
と泣きそうな顔で言った。
さっきまでナルシズムすら感じる雰囲気で、お笑い芸人か死か と言っていた人間と同一人物とは思えないような細く長い顔だった。
私はこういう時の細井が好きだった。
細井はグループの中心人物にありがちなプライドの高さみたいなものがなく、私に強めな事を言われてもちゃんと受け入れて、その時に見せる悲しそうな細長い顔はいつも面白かった。
私は細井にそういう時の顔はとても面白いから、芸人になっても武器になると思うことと、就職をするから一緒にはお笑いをできないことを伝えて、その日はお開きになった。
私は家に帰ってからも細井の言葉が頭に残っていた。
お笑い芸人か…
我々の世代の面白い事が好きな男は、皆、お笑いコンビ ファインファイン に強い憧れを持っていた。
我々が中学生の時にテレビの世界に彗星のように現れた ファインファイン は、横松尚志の鋭いボケと真田隆行のパワフルなツッコミで、それまでのお笑いの概念を破壊するようなシュールな笑いを巻き起こしながら、瞬く間にお茶の間のスターの階段を上がっていった。
私も例外に漏れず横松尚志に憧れていた。
高校や大学では横松尚志が言いそうな事を言っていたら面白い人間だと言われるようになった。
まわりから面白いと言われて、自分も芸人に向いているのではないかと思った私は、テレビ番組のクイズコーナーや大喜利のコーナーを観ながら横松尚志がボケるタイミングに合わせて何か自分も面白いことを言えるか試してみることにした。
全く何も思い浮かばなかった。
私は自分が面白くない事を認めたくなくて、何ヶ月も試してみたけれど結果は同じだった。
私は普通にテレビを見ているだけだと気がつかないプロの芸人の凄さと、自分が横松尚志の1番表層の上澄みだけを真似して面白い事を言っていた気になっていたのを痛感した。
それ以来、私は芸人に対するリスペクトは深まったが、自分がなりたいという発想にはならなかった。
しかし、細井の言葉を聞いてから、テレビの中の横松尚志との勝負には完敗したけれど、現実で出会った人間で自分より面白いと思った人間はいなかったし、細井も私の事を1番面白いと言っているので、2、3年だけでもやってみたいと思うようになっていた。
それは私の人生において大学に入学するという目標以外のはじめての衝動だった。
ユミコと結婚するために就職するというのは、あくまでユミコと一緒に暮らしていくための手段であって、目標ではなかった。
大学に入学するのは小さい頃から両親に植えつけられた目標だったので、芸人をやってみたいというのは、生まれてはじめて自分に湧いてきた能動的な感情だった。
私は芸人として成功できなくても良いから、その世界に飛び込んでみたいという思いが日に日に強くなってきたので、細井に連絡して、この前は断ったけどやっぱり少し考えさせて欲しいと伝えた。
考えた末、私は7月の就職試験の最終面接の結果で芸人になるかどうかを決めることにした。
今までの面接は就職試験のマニュアル本に書いてある通りに答えてきたけれど、最終面接で本当の自分の意見を言ってみて、それでも採用されたら就職をして、不採用だったら芸人になろうと決めた。
最終面接でその機会は訪れた。
面接官が
「我が社の方針として、会社の発展には社員の満足度が1番重要だと考えています。会社の利益は社員に積極的に還元し、社員の満足度を上げることが会社の発展に繋がるという方針ですが、皆さんはそれについてどう思いますか?」
と言った。
ほぼ内定の顔合わせのような面接なので、学生は口々に
「素晴らしい方針です。そういう方針の御社で働かせていただきたいです」
と言っていた。
私もそう言えば受かるだろうし、細井に誘われなければそう言っていただろう。
面接官が言った会社の方針は今までの面接で何度も聞いていたし、素晴らしいと思っていたのだが、少しだけ心に思っていたことがあった。
その本音を言ってみることにした私は
「確かに素晴らしい方針だと思いますが、利益還元の第一優先は社員ではなくお客様であるべきだと考えます。社員への還元はその延長線上にあるべき考え方だと思います」
と言ってみた。
地獄のような沈黙が数秒経った後、面接官は
「き、貴重なご意見ありがとうございます」
と引きつった笑顔で言った。
結果は最終面接としては異例の不採用だった。
社会人として一人前にやっていくには、キチンとした嘘をつく能力が必要だった。
私は最終面接で嘘をつかなかった事もそうだが、芸人をやってみたいという自分の心に嘘をつけなかったので、キチンとした社会人の第一歩を踏み出すには早かった。
ヤケに清々しい気持ちと、なんの勝算もなく就職を棒に振った不安から、いてもたってもいられなくなった私はユミコを呼びだして抱いた。
ユミコを抱いた後、落ち着いた気持ちで考えてみたけれど、人生の決断に対する賢者タイムは訪れることはなく、芸人になりたい気持ちが萎えることはなかった。
翌日、私は細井に連絡して一緒にお笑い芸人になることを伝えた。
つづく
第3話
