寿司マン 第2話 (創作大賞2026エンタメ原作部門)
高校に進学した僕は、1日も早く独立して復讐を実行するために、授業にはほとんどでず、両親に内緒で建築現場でアルバイトをして50万円を貯めた。
そのお金で1人で住めるアパートを探したが、保証人がいないと借りられなかった。
仕方なく両親に高校をやめて働きたいと打ち明けると、大反対されたので住み込みで働ける職場を探した。
ハニートラップをされた件で必ず復讐を実行すると心に誓った僕は、就職先で同級生に会って身バレしてしまうのを防ぐため、整形をしようと思ったが、お金が足りなかったため、メガネをかけ、髪型も変えて、できるだけ見た目を変えて就職をした。
就職先は………寿司屋だった。
お前らが、寿司マン、寿司マン、と言うのであれば、お望み通りなってやるよ、寿司マンに。
そしてこの僕の手汗で握ったお寿司をお前らに喰らわせてやる。
僕の復讐は、こんな運命を背負わせた世の中と、クラスメイトに僕の手汗で握ったお寿司を喰らわせる事。
とくに、あの山中だけは絶対に許さない。
美味しいお寿司を握って、たらふく喰らわせてやる。
いつか、なんとかしてクラスメイトを集めて、僕の手汗で握ったお寿司を喰べさせた後、その場でクビを吊って死んでやる。
それが僕の復讐計画だった。
それから僕は修業以外では極力、人と関わらないようにして身バレをふせぎながら、寿司職人としての道を歩みはじめた。
それともう一つ気をつけたのは、すぐに手が濡れてしまうことを同僚たちに気づかれないようにすることだったが、基本的に寿司屋の調理場では各自、手を拭くための手ぬぐいを用意するのが通例だったので、隠し通すのは存外簡単だった。
ある程度お金がたまった所で、整形をして、顔を変えて、お金に困っている身よりのない男性にお金を渡して養子縁組をしてもらい、名字を変え、役所で下の名前も改名して、僕は見た目も名前も完全に別人になった。
そうした復讐に対しての準備を着々と進めるなかで、寿司職人修行がホール、会計、仕込み、皿洗いを経て、巻き物をやらせて貰えるようになったときに事件がおこった。
その事件とはお客さんの注文だった。
寿司職人の修行は当然、最初からメインの、にぎりをやらせて貰えるわけもなく、軍艦や巻き物からのスタートだった。
大将に教わったのは、回転寿司と違い、こういう店ではお客さんには寿司を頼む順番があるということだった。
お客さんはタイ、ヒラメなどのサッパリした白身の寿司やイカ等から始まって、だんだん味の濃いエビ、赤身等をたのみ、最後の方にトロ、ウニ、いくら、等の脂の強いものを頼む人が多いとのことだった。
そしてカッパ巻やカンピョウ巻などの巻き物は箸休め的な感じで頼む人が多いので、いつお客さんが注文してくるか読みづらいが、そんなに数がでるものではないから、最初は軍艦と巻き物から覚えるように言われた。
僕もまだ巻き物をやらせて貰えず、注文を受けたり会計をするホール業務や皿洗いの時からお客さんの注文の仕方を見ていたが、確かにサッパリした寿司から始まるお客さんが多かった。
それともう一つ気がついたのが、回転寿司と違って、こういうお店では同じネタを頼む人が少ないということだった。
お客たちはできるだけ多くの種類のネタを食べたいという気持ちでそういう注文の仕方になるだけなのだが、僕には食通ぶっている気取った選民意識が感じられて腹ただしかった。
お客さんは同じネタは2回、多くて3回しか頼まないという人がほとんどだった。
僕は、気取ってんじゃねえよ、お前らにそのうち手汗寿司を喰らわせてやるからな、と思っていた。
寿司屋のお客さんは何も悪くないのに僕の心は腐りきっていた。
僕が巻き物と軍艦をやらせて貰えるようになった最初の日にいきなり事件は起こった。
昔から来てくれている常連のお客さんが最初にイカを頼んで、次にカンピョウ巻を頼んだときに
「大将、今日のカンピョウ美味しいね。なんか変わった?」
と言った。
大将は、常連さんが初めて軍艦や巻き物を任された僕に気がついて、エールを送るために言ってくれたと思って
「ありがとうございます。お察しの通り、コイツには今日から巻き物をやらせています。ご配慮感謝いたします」
と言った。
それを聞いてお客さんは
「いや、まあ、そうじゃなくて…うん、そうか、うん頑張ってね。 じゃあ、カンピョウもう一つ」
と言って注文をした。
その日のお客さんの注文は
イカ カンピョウ カンピョウ エビ カンピョウ トロ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ
だった。
そのお客さんは途中から、マタタビにすり寄っているネコのようにカンピョウを頼み続けた。
そのお客さんの注文を隣でみていた、他の常連のお客さんも、そんなに今日のカンピョウは美味いのかと、カンピョウを注文してきた。
隣のお客さんの注文は
ヒラメ カレイ 赤身 玉子 カンピョウ トロ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ カンピョウ
だった。
ちゃんとした職人がいる寿司屋で、カウンターに座っている常連2人が狂ったようにカンピョウを注文している様はあまりにも異様な光景であった。
常連2人は最後は白目を剥いて、カンピョウ…カンピョウ…カンピョウ…と、つぶやきながら恍惚な表情を浮かべてカンピョウを食べていた。
そして、その熱はやがて店全体に広がっていった。
店内のいたるところで
「こっちもカンピョウ」
「すいませーん カンピョウください」
「あっ、カンピョウね」
「カンピョウ3つ」
「おーい、残ったカンピョウ全部くれ」
「おい、こっちのカンピョウきてないぞ‼」
「カンピョウはまだか‼カンピョウは‼」
もはや暴動に近い様相を呈してきて、その日はカンピョウしか注文が入らない状態になったが、当然、そんなにカンピョウの在庫はなく、僕が
「すいません、カンピョウ終わりました」
と言うと、皆が一様に
「じゃあ、今日はいいかな」
と言って帰ってしまった。
僕はその日の閉店後に、大将に急いでカンピョウを仕込むように言われた。
そして大将は、その仕込んだカンピョウを使って僕にカンピョウ巻を作るように指示をした。
そのカンピョウ巻を食べたときに大将は
「こ、これは…」
と言って、僕にカンピョウ巻以外のカッパ巻やほとんど教わったことのない、にぎりをやってみるように言った。
それを食べた大将は
「理由は分からないが、お前の握る寿司はうまい。お前はもっと上を目指さなければならない。正直、経営者としては、うちの店にずっといて欲しいが、片田舎のこの店でその才能を埋もれさせるのは1人の寿司職人として見過ごすことはできない。お前は銀座に行くべきだ。店としては損失だが、天才の誕生を見届けられてよかったよ」
と言って、すぐに銀座の一流店を紹介をしてくれて、僕はそこで働くことになった。
銀座の一流店の勤務の初日でも全く同じ、カンピョウフィーバー、が起こったときに、僕はある一つの仮説に辿りついた。
もしかして、手が濡れていることが…手汗が関係しているのか?
僕は神奈川にある食品衛生研究所に依頼して、手汗の成分を調べてもらった。
どうやら、僕の手汗には《ミチルアミノ酸》という旨味成分が含まれているとのことだった。

つづく
第3話
