はじめまして、福くんの腸さん。
寒さに弱く、
なかなか朝起きられない日々が続いています。
こちらへ移住して3年。
東京にいたころに比べると冬の寒さは
想像以上に厳しく、最高気温が氷点下のときには、思わずママと笑ってしまったほどです。
今は育休中ですが、仕事していたときは、
朝早くに車のフロントガラスがカチカチに凍っていて「出勤に間に合わない!」と焦るのが冬の日常でした。(今年は去年に比べて全く雪が降りませんでしたね)。
ちょうど一年前の今頃は、
こちらへ来てくれたばかりのママと
「どんな暮らしにしていこうか」
「何から買い揃えようか」
これからの生活に胸を膨らませて
毎日話合っていたことを思い出します。
さて、今回も前回に引き続き、
息子・福くんの歩みを振り返る「時差投稿」を
お届けします。
この時差投稿の経緯に関しては、
「爆誕、福くん」を読んでいただけますと
幸いです。
初めての方も、ぜひ福くんの歩みを知っていただけたら嬉しいです。
パパ頑張ります。
「忘れられない4泊5日」は前回の投稿です。
■12月16日:再び福くんのもとへ
疲れ切った体に鞭を打ち、高速道路を100km。
駆け抜け、山越え、2時間の道のりを経て、
再び福くんのもとへ向かいました。
この日から、病院施設内にある付き添い家族向けの宿泊施設にお世話になることになりました。
部屋は個室でトイレもお風呂も部屋の中にあり、
共同スペースにはキッチン、リビングも。
想像以上に綺麗で整った環境に、
とてもありがたみを感じました。
何より病室との行き来がとてもしやすくなったことで、100kmで張りつめていた気持ちが少し楽になったことを覚えています。
この日、先生から受けた説明では、
・レントゲンで見たところ、徐々に肺に空気が入るように。
状況はピークアウトしつつ、必要な酸素濃度も少し下げた。
・呼吸状態悪化に伴い肺に血液が流れにくい状況の改善傾向に。
→肺の血管を広げる吸入の薬剤も減量開始へ。
心臓の動きは十分(心機能を高める薬剤は継続)。
動脈管は開通したまま(後に結紮手術行いました、詳細は後日投稿で)。
・ドレーンからの排出される腹水はだいぶ減ってきた。
といった内容でした。
状況は少しずつ良くなっている、、のか、、。
ほんの少しだけ、
疲れ切ってくしゃくしゃの脳が、
潤いを取り戻したような気がしました。
福くんのベッドへ向かうと、
相変わらず呼吸器が大きな音を立てていました。
それでも、静かに目を閉じて眠る我が子を前に、
愛おしくてたまらなくなりました。
胸のあたりをじっと見つめると、
一生懸命に自分で呼吸しようと、
ひくひく動いているのが分かりました。
私の両の手のひらを合わせたくらいしかない、
小さな小さな福くん。
「この子は大丈夫だ」と、
その姿から、生命力をとても強く感じました。
くるまれているタオルの中で少しだけじたばたして見せる姿に、ママも興奮気味に嬉しそうに目を細めていました。
病室から施設までの帰り道、気づけば彼女は鼻歌を歌っていました。
■二歩進んで三歩下がるような日々
人工肛門(ストマ)造設の手術までの間の毎日は、
血小板の輸血を流し続けたり、
感染症にかかっていないかの検査、
抗生剤を投与したり、、
と二歩進んだら三歩下がるような日々でした。
そんなもどかしい日々の中でも、
福くんは毎日少しずつ、
私たちの不安を打ち消してくれました。
息子の「生きよう」とする力に驚きました。
この生命力には今でも驚かされ続けています。
■12月24日:クリスマスイブの祈り
迎えたクリスマスイブの朝9時に福くんのストマ造設手術が行われました(以前挿入したドレーン管により、感染コントロールがつき全身状態も安定してきたので、今後経腸栄養を再開するため)。
出血、他臓器不全、敗血症等、多くのリスクが伴うこともあり、
前の夜はとても眠れた気がせず、そわそわしながら病室へ向かいました。
でも今後の福くんが生きていくためには必要な処置なので、
背に腹は代えられません。
福くんのもとへ行くと、眠たそうに起きていました。
「大丈夫、痛いのすぐに終わるからね」
「ママとパパ、すぐそこで待っているよ」
と可愛い息子を手術室で見送るとき、
とても胸が締め付けられたことを覚えています。
「どうか、無事に帰ってきてほしい」
「生きている腸が少しでもありますように」
と祈るような気持ちで。
手術は3時間後に無事終わりました。
ストマは福くんの左のお腹に作られました。
お腹周りは右側にドレーン管、左側にストマ。
一時的とはいえ、その痛々しい姿に胸が痛みました。
外科の先生曰く、
お腹を開けてみると、
壊死してしまった腸管がたくさんあり、
そのうちの一部から穴が開いてしまい、
体内に便が撒き散らされてしまっていたようです。
それでも、小腸で生きていた一部の腸管を繋げてストマを造設できたとのことでした。
経過観察してストマから無事に便が出れば栄養再開できると説明も受けました。
ただ、吸収する腸が短いため、
脱水や栄養障害がつきまとうこと。
将来的に
「中心静脈栄養」や「人工肛門」との生活、
つまり「医療的ケア児」として生きていく未来
についても伝えられました。
親としてこの子にしてあげることは何だろう、、。
どんな子育てをしていけばよいのだろうか、、。
福くんが生きやすい社会になるには、
私に何ができるだろうか、、。
でも、その時の私には、
「ひとまず、無事に手術が終わってよかった」
ただそれだけを噛み締めるのが精一杯でした。
■おしまいに
福くんは今も、一生懸命に頑張っています。
一秒一秒生きてくれています。
この小さな命の輝きを、
一人でも多くの方に知っていただき、
一緒に見守っていただけたら、
これほど心強いことはありません。
もしよろしければ、
フォローや応援をいただけますと励みになります。
これからも、
私たち家族の歩みを温かく見守ってください。🍀
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大切なお時間の中、
福くんを知ってくださり、ありがとうございます。いただいたチップはオメガベンや治療費に充てさせていただきます🙂↕️