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生後1日。息子の状況を家族へ伝えることしかできなかった|NICU編 #03

※はじめましての方へ

このnoteでは、不妊治療を経て今年3月に初めて父親になった私が、1年間の育休の中で感じたことを、その時の気持ちのまま記録しています。

最初の記事はこちら👇️


前回の記事では、初めてNICUで息子と会った時のことを書きました。 
今回はその続きを書きます。

先生から息子の状態について説明を受けました。

そのあと、看護師さんから入院に必要な書類について案内がありました。

その場で渡されたのか、一度準備をしに行ってくれたのかは、もうはっきりとは覚えていません。

ただ、その場で記入できる物のみ記入を行い、 正式な入院手続きは、時間が遅かったこともあり、翌日に行うことになりました。

目の前には、保育器の中の息子がいました。

NICUでは、モニターの「ピッ、ピッ、ピッ」という音がずっと鳴っていました。

ときどき「ピー」と音が鳴ることもありました。

看護師さんから、「時々ピーと鳴る事がありますが、大丈夫ですよ」みたいな説明を受けていましたが、鳴るたびに少し不安になりました。

家族に伝える。

先生が部屋から出たあと、妻とお互いの親が入っているLINEグループがあり、そこに状況の連絡をする為にLINEを開きました。

最初に送ったのは、息子の写真でした。

そして、先生から聞いた説明を、自分の言葉で伝えました。

すぐに質問が返ってきましたが、
自分でも、まだ全部を理解できていたわけではありませんでしたのうまく伝えられませんでした。
少しでも安心してもらいたい。

そう思いながら返事を書いたのは空回りしてました。

うまく伝えられないので、先生から渡されたプリントを手に持ち、床を背景に写真を撮って送りました。

そのほうが、自分の説明よりも正確に伝わると思ったからです。

そのあと、入院に必要な書類を記入しました。

書き終えて、看護師さんが書き終わったか様子をみにきたので、提出し、不備がない事の確認をした後、落ち着いてからもう一度息子の顔を見ました。

「頑張れ。」

「どうか無事で。」

たくさんの管に繋がれてる息子を前に、
そんな言葉しか出てきませんでした。


息子の病院を出て、妻のいる病院へ。

電車に乗っている間も、考えていたのは息子のことばかりでした。

少しでも良くなっていてほしい。

それだけを考えていました。

病院へ着き、大部屋の妻のところまで歩きます。

カーテンを開けると妻がいました。

少し話をしましたが、どんな話をしたのかは今ではほとんど覚えていません。

この日の記録は、ここまでにしておこうと思います。


次の日も朝から大学病院へ向かいました。

入院の正式な手続きを済ませ、また息子のところへ向かいます。

その朝のことは、次の記事で書こうと思います。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。

前回の記事👇️

次の記事👇️

この「アラフォーパパの育休日記」は、初めて父親になった自分自身が、その時感じたことをできるだけそのまま残したくて書いています。

正直、育児もまだまだ分からないことばかりですし、毎日手探りの連続です。

それでも、この1年間で感じることは今しか残せないと思って、一つずつ記録しています。

もしよければ、これからも続いていく父親1年目の記録を読んでいただけると嬉しいです。

少しでも「続きも読んでみたい」と思っていただけたら、フォローしてもらえると励みになります。

これからも少しずつ書き続けていこうと思います。



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