【連載小説⑥‐3】 春に成る/ドリップ珈琲(緑の珈琲)
< 前回までのあらすじ >
喫茶店『ベル』のマスターにドリップ珈琲の提案をした遥。前向きに検討してくれるというマスターから、夜にバーをやっている息子にも話したいと言われる。しかし、息子との関係がうまくいっていないようで、その理由を打ち明けられた。
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ドリップ珈琲(緑の珈琲)(3)
ぼんやりとライトが灯っている『ベル』の看板を横目に、いつもより暗い階段を下っていく。扉が仄かに照らされていて、これから冒険に出掛けるゲームの主人公の気持ちになる。いつもの扉をただ開けるだけなのに、自分の鼓動が体中に鳴り響く。それを振り払うように手に力を込めて引くと、聞き慣れた音が響いた。
「いらっしゃい」
一瞬、睨まれているんじゃないかと思うくらいの、ギラギラした目力の強い男性と、目が合った。その目は、まるで私を審査しているかのようにも見えて、反射的に奥のテーブル席の方向に目を逸らしてしまったけど、あの絵を見て、もう一度男性に視線を戻した。
日焼けした肌、背景と溶け込みそうな黒いシャツ、明るい髪と白目が強調されて、また顔に目が向き、キリっとした眉毛が目力に拍車をかけて、射抜かれる。
え、こっわ! もしかして、この怖い人がマスターの息子さん? いやいやいや。従業員雇ってるだけ。そうに決まってる。
店内には、一人だけお客さんがいた。黒髪のマッシュウルフから覗く、さっきの男性とは対照的な色白のとても綺麗な顔だった。
男の人? いや、女の人かも。どちらか分からないけれど、中性的なその人からの視線と、怖い人からの睨みにも似た視線に、早々に居心地が悪くなり、酸っぱいものを食べた時のように唇に力が入った。静かな緊張感漂う店内に、様子を伺うかのように、聞いたことのある、昔のロックな曲が流れていた。
「どうぞ」
淡々とした口調でカウンターの席を勧められる。恐る恐る近づくと、横から声がした。
「良かったら、隣どうぞ?」
柔らかいけど低い声。お、男の人だった。白い肌、長い睫毛、血色の良い唇。間近で見ても女の人だと思ってしまうくらい綺麗。こういうのを甘いマスクっていうんだろうとぼんやりと思った。キラキラした顔を見ながら、生まれた時から勝ち組って、こういう人を言うんだろうなと、心がぼやいた。
でも、なんだろう、キラキラした人なんだけど、妙に色気があるせいか、向けられた笑顔は、妖しく輝いている感じだ。
「い、いえ、大丈夫です」
そう言って一つ離れた席に座った。そもそも、人見知りだし、初対面で隣を勧めてくる男の人は、何となく怖い。あっ、でも、断って気を悪くしたかもしれない。ちらりと横を見ると、笑みを深めて見つめてくる甘いマスクの男の人。どうしよう、何で笑ってるのか分からない、怖い。
そのやりとりを、強い目力で見ている店員の男の人も怖いし。今のところ夜の『ベル』には怖いしかない。ま、マスター……!膝の上に置いた両手を、頭の中のマスターに縋るようにギュッと握った。
「ほら、敬の顔が怖いから、怯えてるよ」
「はぁ? お前がいきなり隣来いとか言うからだろうが」
いや、両方だよ。頭の中で肩を落としながらツッコミを入れた。二人は仲良いんだと知ると、余計アウェーな感じが……。
ん? 今、ケイって言った? マスターの息子さんって確か……いやいや、偶然同じ名前とか、あだ名の人を雇ってる可能性だってある。うん、そう。大丈夫。
ケイと呼ばれたその人は、バーにしては分厚いメニューを軽々持ち上げて、威圧感を保ったまま近づき、目の前に置いた。とにかく、ココはもう一つの『ベル』で、マスターの息子さんのお店!……二杯、二杯だけ飲んだら帰ろう。
覚悟を決めて、怖さを払拭するようにメニューを開いた。渡されたメニューには、昼の『ベル』を感じた。お酒の種類がとても多く、詳細もしっかりと書かれている。
「たくさんあって迷うよね。こういう系が良いとかあれば、オススメしようか?」
甘いマスクの人がニコリと笑って、一緒にメニューを覗いて来るので距離が近くなる。反射的に距離を取ったけれど、失礼だったかなと思い、再びメニューを覗くと、フワっと良い香りがして、握っていた拳が緩んだ。
「……あまり、強くないお酒が良いです」
黒い目力の店員が、眉間に皺を寄せ、また睨むような目で見ている。ああ、何で馬鹿正直に答えてしまったんだろ……。
「そっか。じゃあアルコール弱めで……」
甘いマスクの人は、好きな人を引き寄せるようにメニューを引き寄せ、捲った。目当ての場所に辿り着くと、ニコリと笑って、メニューを再び、目の前に差し出した。
「ビールベースだと、比較的弱めだよ。トマトジュース飲めるなら、レッドアイとか。二日酔いしにくくなるし、オススメ」
確かにビールベースのページには、アルコール度数が低めだと書かれていた。
「じゃあ……それで」
「敬、レッドアイよろしく。あ、これ、少しつまんじゃってるけど、どうぞ? 何か食べておくと酔いにくくなるよ」
そう言って小皿に入ったナッツを、差し出した。何だか妖しい雰囲気の人だけど、酔わないように気遣ってくれている。それなのに私ときたら、親切にしてくれていることにまた、怖さを感じてしまっている。魔女から差し出される毒りんごが脳内をよぎったけど、振り払って、そろりとナッツをつまんだ。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。僕、流果って言って、この店の常連なんだ。よろしくね」
「よろしくお願いします……遥です」
「遥ちゃんね。あ、ちょっと怖い顔だけど、ここのバーテンダーの敬」
紹介と同時に、レッドアイが目の前にそっとコースターの上に置かれ「どうぞ」と温度のない声がした。
「いただきます」
ナッツを一粒食べてから、小さめのグラスに注がれた泡の乗った赤色のお酒を飲んだ。感じた苦味をトマトの爽やかさが覆っていく感じが、緊張して強張っていた体の力を少し、抜いてくれた。
「おいしい……最初はビールだけど、後味はトマトの爽やかさが残るんですね。飲みやすくて、なんだかホッとします」
流果さんは良かったと柔らかく笑った後、探るような目つきになった。
※「ドリップ珈琲(緑の珈琲)」が途中である為、絵は次回掲載します。
※「ドリップ珈琲(緑の珈琲)」は絵が2枚あります。
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