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HIKAKINの炎上からみる冷笑時代の終焉

HIKAKINは当日Youtuberという概念のなかった2010年初頭に台頭した、まさにYoutuberという言葉を作った中の一人だ。そのHIKAKINがつい先日鬼茶という新発売の商品をめぐって炎上している。

炎上したこと自体はさほど問題ではない。過去にも何回か炎上している。
しかし、今回の炎上は質が違う。

「日本の麦茶変えるぞ」
これを読んでいる貴方は、この文言を聞いてどう感じただろうか?
この言葉は十数年前なら力強い言葉だっただろう。
―――しかし、今となっては全く刺さらない言葉になってしまった。
HIKAKINはもう時代に取り残されてしまっていたのだと感じている


同じようについ先日大きく失敗した事案として「POPOPO」がある。
POPOPOと鬼茶のPRは全くと言っていいほど同じ文脈で、同じように失敗した。

POPOPOの取締役を務める「かわんご」(川上 量生)も、ニコニコ動画という2000年代を代表する一大コンテンツの立役者である。さらに個人的に仲が良かったのだろうが、GACKTやひろゆきといった当時を代表する面子が並んで発表したPOPOPOは信じられないほどの大爆死を遂げた。

〇POPOPOと鬼茶は同じ失敗をした。

まず古い人間が立役者であること。
これは先ほど述べた通りだ。


次に、PRの言葉。
鬼茶は「日本の麦茶を変えたい」
POPOPOは「AI時代を前に人間が作る最後のSNS」「国産SNS」

どちらも現代社会とはかけ離れたPRフレーズだと思う。
こういう壮絶なフレーズは新しい人間にはまったく刺さらない。

なぜなら、今の若い人間はコロナ直撃世代である。リアルゾンビ映画のような世の中を生きてきたような人達だ。ゾンビがはびこっている世界で、国とか政治とかそんな大きなことを考えられるだろうか?自分の明日の生活を心配してどうにか生きようというのが普通だろう。
たしかに、少子化、増税、円安・・・うっすらともうこの国はダメだなと皆が感じている。だから変えたい、ではないのである。じゃあどうやって自分は生き残ろうかと思うのが今の世情だ

若い世代はそんな夢に生きていない。もっと現実的で、もっと絶望的に生きている。「自分が勇者になる」という漫画が昔は流行り、その後は「誰かの英雄譚を支える」といった物語が流行った。今流行っているのは全く違う。「復讐」をテーマにした鬼滅の刃だったり、ポスト勇者を描いた葬送のフリーレン。どちらも英雄譚とはかけ離れた物語だ。


最後に、PRの方法だ。
POPOPOは「一億円キャンペーン」
鬼茶は「波の音だけが流れる謎の生放送」
で無理矢理インプレッションを集めた。

現代社会はインプレッション搾取に非常に敏感で、大きな敵愾心を抱く。普段から見たくもないCMを見させられているからだろう。インプレッションを搾取されたと感じたとたんに評価はマイナスまで突き抜ける。

つまりハードルをあげれば上げるだけのものを作らないといけない
いってしまえば当たり前だが。
ハードルを上げて注目を浴びればそれでなぜか許された迷惑系Youtuber全盛期とは違うのだ。


〇冷笑世代の終わり

2000年~2010年初頭はニコニコやYoutubeの全盛期である。
この世代はみんなが冷笑していた世代だ。
コメントは冷笑が立ち並び、批判的にみることがもてはやされた。

HIKAKINやかわんご、ひろゆきはこの世代のスーパースターなのである。


であれば彼らが今評価を落とすのは必然だろう。
今の時代はアンチ冷笑世代だ。
2025年は「うおw」が大流行し、同年のeスポーツアワード流行語大賞の最終候補にまで入っている。
この言葉はいわゆるアンチおじさんミームなのだ。

冷笑しているおじさんはもう遺物だ。
「うおw」というたった2文字だが、冷笑文化であったインターネット黎明期の終わりをあらわしている。


HIKAKINの麦茶の失言は、必然なのだ。
「麦茶は退屈」といって受けていた時代。
彼はそういう時代のスーパースターなのだ。










…いや、さすがに麦茶は退屈はどの世代でも受け入れられないか
意味わかんないし




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