都会の犬たちは服着てオシャレ🏵️|ドッグランはまるで東京ガールズコレクション✨
都会の犬たちは、なぜあんなにおしゃれなのだろう。
上京して初めて迎えた冬、犬の散歩へ出かけたとき、ある重大な事実に気づいてしまった。すれ違う犬たちのほとんどが服を着ているのである。もこもこした服、ひらひらした服、体にぴったり合ったスポーティーな服。色も柄も実に豊富で、もはや散歩というより、住宅街で開催される小規模なファッションショーであった。

ある日、何も知らずにうちの犬たちを裸のままドッグランへ連れて行った。するとそこは、東京ガールズコレクションだった。服を着た犬たちが、当然のような顔で芝生の上を歩いている。あまりにも自然に着こなしているので、こちらのほうが場違いに思えてくる。裸の犬を連れてきた私は、パーティー会場に寝巻きで来てしまった人のような気持ちになった。
💬……一瞬、原宿かと思った🤣

それからである。気づけば、うちの犬たちにも服を着せていた。双子コーデだのリンクコーデだの、口では「寒いからな」と言いながら、実際はパパのほうが楽しんでいた。しかも犬の服は高い。パパのTシャツなど一枚千円前後である。ところが犬の服は安くても三千円、五千円を超えるものも普通にある。下手をすれば、パパの上下より犬の一着のほうが高い。
これは何なのだろう。孫に洋服を買い与える祖父母の心理に近いのかもしれん。「これ似合うで」「寒いやろ」「一枚くらいええやろ」と言いながら、気づけばレジに向かっている。犬は別に「それ、ちょっと色が派手ちゃう?」とは言わない。だから余計に危険である。買う側の妄想だけが、際限なく育っていく。
💬……高いわりに、犬の服は毛玉ができやすい💢

さらに驚いたのは夏である。冬だけならまだ分かる。寒さ対策という大義名分がある。ところが真夏の散歩でも、服を着ている犬は多い。
虫対策
クール素材
薄手で通気性抜群。
理由を聞けば聞くほど正しいが、見ている側の妄想は止まらない。都会の犬たちは、季節ごとのドレスコードを理解しているのではないか。冬は防寒、夏は機能性、六本木では上品、代々木ではカジュアル。犬界にもTPOがあるのかもしれん。
六本木ヒルズへ行った時など、すれ違う犬たちはみな服を着ていた。いや、あれは服ではない。「お洋服」である。布の量が多く、装飾が多く、ヒラヒラしている。あの一着はなんぼするのだろう。
我が家の一ヶ月の食費より高いお食事をしている犬もいるのではないか。パパがスーパーの半額シールを待っている間に、あちらさまはテラス席で鹿肉のなんとかを召し上がっている可能性がある。
💬……犬生、格差社会やな😂

一方、沖縄に住んでいた頃は、冬でも犬は裸が基本だった。服を着せるとすれば、主な目的は虫対策である。虫よけの服を着せたこともあるが、効果があったのかと聞かれると微妙である。沖縄ではフィラリア対策も一年中必要で、服というより薬と病院のほうが現実味を帯びていた。

ココにデキモノができた時も、服を着せたことがある。ペロペロ舐めてしまい、いつまで経っても治らないからだ。その時の服はおしゃれではなく、完全に医療寄りだった。ファッションショーではなく、患部保護である。同じ犬服でも、都会のきらびやかな「お洋服」とは、目的もテンションもまるで違う。
犬に服を着せることについては、いろいろな意見がある。
着せるのは飼い主のエゴだ
着せないのは寒そうでかわいそうだ
服を着ている犬は愛されているように見える
裸の犬こそ自然だ
どの意見にも一理あるのだろう。けれど、うちの犬たちを見ていると、服を着ていても着ていなくても、散歩へ行けたら満足そうである。
犬にとって大事なのは、ブランドでも素材でも、今年の流行色でもない。イルミネーションの輝きより、どこにおしっこをするかのほうが重大であり、飼い主が「かわいい〜♡」と喜んでいる横で、犬は地面の匂いに人生を懸けている。
そう考えると、都会の犬たちがおしゃれなのではなく、都会の飼い主たちの妄想が派手なのだろう。寒いやろ。似合うで。一枚くらいええやろ。そう言いながら服を選ぶ時間も含めて犬との暮らしなのだ。
💬……服を着せて、オシャレして、「かわいい〜♡」って喜んで何が悪い?🥰
犬たちは今日も、東京ガールズコレクションのランウェイを歩くように散歩道を進む。ただし本人たちの目的は、拍手でも視線でもない。次の電柱である。
……知らんけど(-ᴗ- )フフフ…✨

🐶 ココのアンサー:ご褒美が待ってる😍
🐩 リンのアンサー:早くリードつけて💢
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↩️ 前話はこちら:犬のお散歩拒否🐾
