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夫婦喧嘩は犬も食わぬ🦴|真犯人はタイミングとママの気分❤️‍🩹

夫婦喧嘩は犬も食わぬというが嘘である。犬は食わないどころか、めちゃくちゃ味見している。空気の匂いを嗅ぎ、声の温度を測り、どちらの陣営につけば生存率が上がるかを判断する。わが家の犬たちは、もはや家庭内危機管理の専門家である。

夕方、仕事から帰って玄関を開けると、まずココとリンが尻尾を振って迎えてくれる。人間社会では誰もパパの帰宅に拍手などしてくれないが、犬たちは毎日「おかえり祭り」を開催してくれる。

これが一日の中で一番癒される瞬間である。疲れた中年男性に必要なのは、高級マッサージでも自己啓発本でもない。尻尾である。ぶんぶん振られる尻尾ひとつで、わりと人生は持ち直す。

ところが、癒しのあとには現実が待っている。トイレシートを見ると、おしっこの跡があり、さらに中央には立派な💩さんが鎮座していた。犬の世界にも中心思想というものがあるのだろうか。なぜ毎回、あんなにも見事に真ん中を狙えるのか。

パパは帰宅早々、家庭内清掃員として任務に就いた。💩を拾い、処理し、ついでに自分もトイレへ向かった。これは自然の流れである。犬のトイレを見たあとトイレに行きたくなる。生き物とは、そういう連鎖でできている。

その間に、ママも帰宅したらしい。外からカチャカチャと音が聞こえた。パパは便座の上で思った。「あ、シート替えてくれてるんかな?」この時点で、すでに考えが甘かった。家庭内において、音は必ずしも家事協力の音ではない。時には宣戦布告の鐘である。

トイレから出ると、空気が違った。リビングの温度が二度ほど下がっている。ママの機嫌が生み出す体感温度である。

「なんで帰って早々、私がトイレ掃除しないといけないの💢」

詰んだ。将棋なら王手である。いや、もう盤面ごと燃えている。パパは今からやる予定だった。💩も拾った。シート交換も当然するつもりだ。しかし、そんなことを言えるはずがない。「今からやろうと思ってた」は、家庭内では最も信用されない日本語のひとつである。子どもの「宿題あとでやる」と同じ棚に置かれている。言った瞬間、火に油どころか、油田を掘り当てる可能性がある。

パパは無言を選んだ。反論はゲームオーバーである。家庭には家庭ごとの攻略法がある。わが家の場合、ママの怒り第一形態に対しては、無言、防御、気配消し。この三つが基本戦術である。

その足元では、犬たちが小さく震えていた。リンは私の足にぴったり張りつき、ココは理由もわからないまま反省している顔をしている。犬は自分が怒られているわけではないのに、「なんか大変なことが起きている」ということは理解する。そして、とりあえず弱そうなほうに避難する。つまりパパである。

ママは文句を言いながらトイレシートをゴミ箱へ捨てた。ありがたい。ありがたいのだが、肝心の新しいシートの設置を忘れている。ここで「シート敷いてないで」と言えばどうなるか。おそらく第二形態へ進化する。「じゃあ自分でやれば?」という必殺技が飛んでくる未来まで見えた。パパは預言者ではない。ただの既婚者である。

だから黙って、そっと新しいシートを敷いた。まるで爆弾処理班である。音を立てず、余計な刺激を与えず、慎重に任務を遂行する。犬たちはその一部始終を見ていた。夫婦喧嘩は犬も食わぬ。たしかに食わない。だが、犬たちは完全に現場検証している。あとで犬同士で「今日のあれ、パパ悪かったん?」と会議していてもおかしくない。

今回の真犯人は、おそらく誰でもない。タイミングである。

さらに言えば、ママの機嫌と、💩さんの配置と、パパのトイレ欲が絶妙に重なっただけである。だが、家庭裁判所はそんな細かい事情を考慮してくれない。怒られるのはパパ。震えるのは犬。シートを敷き直すのもパパ。そして娘は、家にいたはずなのに気配を完全に消していた。

夫婦喧嘩は犬も食わぬ。しかし犬は見ている。誰が怒られ、誰が黙り、誰がそっとシートを敷いたのかを。そして娘も見ている。見ているだけで、手伝う気はない。わが家で一番空気を読んでいるのは、犬ではなく娘かもしれん。

💬 ……娘よ。家におったんか。手伝う気ゼロやん😑🐾

🐶 ココのアンサー:苦手なこと💢
🐩 リンのアンサー:うちは、ちゃんと呼んだ📣
🔗 次話はこちら👇

🐾 前話はこちら:娘の三日坊主問題🐶

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