ひとりごとは夫婦喧嘩の始まり|「覚えてない」から始まる不毛な争い😑
「今、なんて言ったの?」
妻が怒っていた。なんのことか、まったく身に覚えがないが、いきなり事情聴取が始まった。
「なんも言っとらんけど?」
そう答えると、妻の眉間にさらに力が入った。
「いや、今なんか言ってたじゃん」
どうやら、ひとりごとを言っていたらしい。問題は、そのひとりごとを自分で覚えていないことである。隠しているわけでも、誤魔化しているわけでもない。ただ、本当に記憶にない。これはもう、証拠映像のない事件である。
「なんで今言ったこと覚えてないの?」
そう言われても困る。覚えていないものは覚えていない。さっきまで考えていたことはすでに遠くへ流れている。川に落ちたレシートを追いかけるようなもので、拾い上げた頃には文字がにじんでいる。
妻はその後もしばらく何か言っていたが、途中から「そもそも、ひとりごととは何か」という哲学的な問題に突入していたため、内容はほとんど覚えていない。
怒られている最中に別の思考へ旅立つ。これがまた怒られる原因なのだろうが、旅立ってしまったものは仕方がない。
我が家には犬が二匹いる。ココに向かって「今日もかわいいねえ」と言う。これはひとりごとなのか。ココはきょとんとしている。
リンに同じことを言うと、しっぽを振る。反応があるなら会話なのか。では、反応が薄いココの場合は、こちらの片思いなのか。
考え始めると、ひとりごとの境界線は曖昧である。誰かに向けているようで、実は自分に向けている。言葉にした後、自分でも「あれ、今なに考えてたんやっけ」となる。
頭の中で天使と悪魔が会議しているつもりが、実際には議事録だけが口から漏れているのかもしれん。
noteを書いている時は、頭に浮かんだことを文章にして吐き出している。だから、ひとりごとは言っていないはずである。
……いや、わからん。
カフェで長髪のおっさんがパソコンに向かってぶつぶつ言っていたら、それは私かもしれない。想像しただけで近寄りたくない。
ひとりごとは、自分にとっては風みたいな言葉である。通り過ぎたら消える。けれど、聞いた人にとっては石ころみたいに飛んでくることがある。
無視された
誤魔化された
何か言われた
そんな受け取り方をされると、不毛な夫婦喧嘩が始まる。
できることなら、ひとりごとが許される家庭であってほしい。いや、せめて録音しといてほしい。何を言ったか覚えていない本人が一番困っているのだから。
もっとも、録音を聞いたところで聴くのが怖い。
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