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ルーティン化?|縛られたらやる気ゼロ

「やる気スイッチ」という言葉ほど、信用ならないものはない。

どこかにスイッチがあって、それを押せば人は急に頑張れるようになるらしい。テレビCMでも「やる気スイッチオン!」みたいなことを言っているが、そんな便利なボタンが本当に存在するなら、まず夏休み最終日の小学生が絶滅しているはずである。

私のやる気スイッチは、昔からしょっちゅう接触不良を起こしている。やる気はある。少なくとも“あるつもり”ではいる。ただ、やるかどうかは別問題だ。

この「気持ちはある」と「行動しない」の間に、とんでもなく深い谷が存在している。

そこで私は、世間で言われている「やる気スイッチの入れ方」を調べてみた。

小さな一歩から始める。ご褒美を設定する。環境を変える。ルーティン化する。特に「ルーティン化」はよく聞く。毎日決まった時間にやることで、自然に動くようになるらしい。

ふむ。だったら試してみようではないか。

まずは「食後すぐに洗い物をする」というルールを設定した。たしかに妻がいる日はできる。正確には、やる気が出るというより「今やらないと後で何か言われる」という危機管理能力が発動しているだけなのだが、人類の進化も元を辿れば危機回避から始まっているので、これはこれで立派な行動原理である。

ところが、一人になると全てが崩壊する。

食べ終わった皿を見ながら、「あとでまとめて洗った方が効率いいかもしれん」と考える。さらに「水につけておけば汚れも落ちやすい」と言い聞かせる。そのままタバコを吸いに行き、気づけばシンクの中で皿が熟成されている。

ここで重大なことに気づいた。

“やる気がない”のではない。
“決められる”とやる気が消えるのだ。

「毎日これをやる!」と決めると、どこかで「強制イベント発生」と認識する。自由参加だと思っていたオンラインゲームが、デイリーミッションに振り回されてるみたいなものである。

そうなると、もうログインしたくなくなる。

結局、やる気スイッチを探したところで、押せばブレーカーが落ちる。だったら「毎日コツコツ頑張ろう」ではなく、ソファでゴロゴロしたい。

やる気はある。
接触してないだけだ。

↩️ 前章はこちら:味の違い🍛
🌀 シリーズ序章:ADHD?いや、ただのナマケモノかもしれん🦥

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