年上女房は金のわらじを履いてでも探せ|「覚悟」より「流れ」で決まった結婚💍
「年上女房は金のわらじを履いてでも探せ」ということわざがある。昔の人はなかなか豪快である。結婚相手を探すのに、わざわざ金属製のわらじを履かせるのだ。もはや婚活というより、修験道である。山を越え、谷を越え、足裏に豆をこしらえながら「どこかに年上の女性はいませんか」と歩く男の姿を想像すると、だいぶ切ない。
うちの妻は四つ年上である。だからといって、気配りの達人として家庭を切り盛りしているかと聞かれると、霧が深くなる。料理もしないし、家の中が料亭の女将みたいに整っているわけでもない。ことわざの説明書に書かれている効能とは、違う商品が届いた感はある。
ただ、結婚に関してだけは、このことわざは案外当たっていたのかもしれない。当時の私は独立したばかりで金もなく、将来設計もほぼ落書きだった。覚悟など立派なものは持っていない。プロポーズもしていない。気づいたら妻がアラサーの気配を察知し、人生の締切ベルを鳴らし、私は腹をくくる前にハンコを押していた。
あれは愛の誓いというより、役所を舞台にした強制イベントである。けれど、そんな流され方をした結婚が、なんやかんやで二十年近く続いている。
世の中は「整ってから」「お金が貯まってから」「覚悟ができてから」と言う。たしかに大事であるが、考えすぎると結婚どころか昼ごはんのメニューすら決められない。だから年上女房とは、気配り上手な女性というより、立ち止まっている男の背中を、そっとではなく、そこそこの力で押してくる存在なのかもしれない。
金のわらじで探すべきなのは、理想の妻ではなく、自分の人生を前に進ませる足音だった。うちの場合、その足音はわらじというより、妻のスリッパの音だった気もするが。
……知らんけど(-ᴗ- )フフフ…✨
⬅️ 前話はこちら:関西弁講座🐯
↩️ シリーズ序章:これはウェルビーイングな時間?
