更年期と思春期、その間で先に震えるのは犬だった🐶
玄関を開けた瞬間「あかん、帰還時刻を間違えた」と思った。家の空気が、すでに事件現場だった。いつもならリンが先に走ってきて、フローリングに爪の音をばらまく。少し遅れてココが、別に急いでいない顔でいちばん近くまで来る。
ところがその日は、二匹とも足元に貼りついたまま動かない。リンは廊下の奥をちらちら見ている。ココも低姿勢である。これはもう、犬による現場検証だ。
私は靴を脱ぐ前から、家庭内捜査本部に配属されていた。廊下の奥には、娘の部屋の扉と妻の部屋の扉が、どちらもきっちり閉まっている。親子喧嘩である。
原因は世界情勢ではない。皿、バスマット、スマホ、返事。このあたりの小物たちが、いつものように家庭内で武装蜂起したのだろう。「あとでやる」という娘の呪文に、「今やりなさい」という妻の雷が落ち、そこへ余計な一言が着火剤として投入されたに違いない。
私は父であり、夫であり、世帯主っぽい顔をしているが、こういうとき実質は通行人である。親子喧嘩は親子でやってくれ。巻き込まれたくない。犬を撫でながら、私はそっと自室へ避難しようとした。
その瞬間、妻の扉が開いた。「帰ってたの?」声にまだ余熱がある。フライパンなら目玉焼きくらい焼けそうだ。私は危機管理能力を総動員し「ただいま」とだけ言う。
するとすぐ、「ただいますら言わないのなんなん?」と飛んできた。言うたやん。今、言うたやん。だが現場では、事実より空気が優先される。遅れて娘の扉も半分だけ開いた。パパを見て、口元だけ少し笑っている。おい、発火元。パパが延焼しとる。
その後、娘は何もなかった顔で冷蔵庫を開け、麦茶を直飲みしていた。妻はまだ沈静化の途中である。この時間差が家庭のこわいところだ。
夜になると、どちらの扉も開いていた。娘はアイスを探し、妻はソファで動画を見て笑っている。ココは丸くなり、リンが少し離れて全員の顔を確認していた。
犬は家の空気を読むのが早い。人より先に緊張し、人より先に安全確認を終える。パパが毎回、避難解除のタイミングを間違える。
親子喧嘩は親子でやってくれと思うのに、なぜかパパだけ現行犯逮捕されるのである。

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