謳い文句やラベルに今日も釣られちゃう🎣|期間限定に何度も騙されてきたのに😂
「売り上げ日本一」「グランプリ金賞」「マツコさん絶賛」。ああいう札を見るたび、私は鼻で笑っている。そんなものに釣られるほど、こっちは甘くないのである。そう思いながら、気づけば「おすすめNo.1」のシールが貼られたスイーツを握りしめてレジに並んでいる。人間の意志など、スーパーのポップ一枚で簡単に陥落する紙の城である。
昔、所有しているテナントに、からあげ屋さんが入ったことがある。店先には「からあげグランプリ金賞!」の文字が、まるで武将ののぼり旗みたいに掲げられていた。私はそれを見たとき「これはすぐ落城するな」と思った。
ところが、ご好意でからあげをいただくと、これが普通においしい。からあげに不味いはなかなかない。揚げた鶏肉という時点で、だいたい美味い。ただ、金賞と言われると、舌は審査員席に座ってしまう。「うまい」ではなく「金賞にしては、どのへんが?」と腕を組み始めるのだ。楽しむはずの食事が、いつの間にか採点競技になっている。
その店は、予想通りわりと早く閉店した。次に入ったからあげ屋さんは、金賞の旗を掲げなかった。その代わり、でかさで殴ってきた。味の王冠ではなく、肉の棍棒である。こちらのほうがまだ分かりやすい。でかいからあげは、見た瞬間に「でかい」と納得できる。期待と現物が同時に出てくるので、裏切られにくい。
お隣のパン屋さんは、もう二十年以上続いている。金賞も絶賛もない。街のパン屋さんとして、毎日パンを焼いているだけである。けれど、そこには変な審査員席がない。「思ったよりうまい」が自然に生まれる。ラベルとは、売るための招待状であると同時に、客の手に赤ペンを握らせる装置なのかもしれない。
noteでも同じことを思う。肩書きや実績を掲げるのは悪くない。むしろ読まれるためには必要なこともある。ただ、読む前から「すごいはず」「学べるはず」と思わせてしまうと、読者は客ではなく審査員になる。個人的に一番ざわつくのは「3行日記」に長文エッセイを置いている自称「作家」である。三行と書いたなら三行でいてくれ。吉野家で「うまい、やすい、はやい」と言われて三十分待つようなものである。
そんなことを言いながら、私は今日も「期間限定」の札に吸い寄せられる。謳い文句に騙されているのではない。騙されに行くための入場券を、自分で買っているだけなのだ。
⬅️ 前話はこちら:究極のチョコクロ🥐
↩️ シリーズ序章:期間限定?アレンジ?やっぱ定番やろっ❣️
