見出し画像

銀河フェニックス物語 父の出張 第二話【創作大賞2025】

第一話

* *

 窓の外を無数の星が流れていく。故郷へ向かうフェニックス号の居間で、ティリーは大きく伸びをした。
 レイターを家へ連れてくるようにママに言われてから一か月。仕事をやりくりして休暇を取った。実家には二日しかいられないけれど、今回の帰省で両親にレイターを彼氏として認めてもらうのがわたしのミッションだ。
 とにかく、ロッキーさんを反面教師として、レイターのいいところをアピールする。

 レイターはソファーに寝っ転がっていた。乗り気じゃないのが一目でわかる。

「これまでにアンタレスへ行ったことってある?」
「んにゃ、初めてだ」
「レイターでも行ったことのない星があるのね」
「あそこは武器の規制がうるさくて、入星手続きが面倒なんだよな」
 急に不安に襲われた。この人は『厄病神』と呼ばれている。
「もしかして、アンタレスに銃を持ち込む気なの?」

 わたしの星では銃を所持するだけで罰せられる。
「違法なことはしねぇよ。一応届けは出しておいたんだ」
 レイターはボディガード協会の3Aだ。申請すれば銃の所持に許可がでるのだろう。
「わたしの実家へ行くのに、銃なんていらないわよ」
 つい口調が厳しくなる。
「そうなんだけどさ」
 天井を見ながら彼氏はゆっくり身体を起こした。煮え切らない反応に、考えたくないことが思い当たった。
「まさか、軍の仕事が入ったの?」
「って言うほど、大した話じゃねぇよ。子供の使いみてぇなもんだ」
「……」
 特命諜報部が故郷で動いているということだ。緊張で身体が固まる。
「あんた、眉間にしわ寄せてると、顔が親父さんそっくりだぜ」
 レイターがわたしの額をつっついた。
「止めてよ。誰のせいよ」
「わかったわかった、銃は船に置いてく。親父さんに見つかったりしたら銃殺もんだからな」 
「言っておくけど、アンタレスに銃殺はないから」

 子どもの頃から見慣れた赤い主星のアンタレスAと緑の伴星アンタレスBが近づいてきた。

 銀河中心部のソラ星系の太陽と比べると、巨大なアンタレスAは赤く穏やかな光を放っている。
 惑星アンタレスはアンタレスAの周りを十六年かけて公転する。計算が得意なわたしたちは高い技術力を持っている。アンタレスから届く恵みの光と風をエネルギーに変換して暮らしていて、二重星の二つの太陽を神様としてあがめている。
 老成した星は生活も安定している。争いもないから軍隊もない。
 ソラ系銀河連邦とアリオロン同盟の戦争が激化した三十年前。自衛する能力がないアンタレスは銀河連邦に加盟した。
 連邦軍の駐留が決まり、当時学生だった父は、反対運動に身を投じたという。

 久しぶりに故郷の土を踏む。ソラ系とは空気が違う。よく言えば落ち着いている。悪く言えば活気がない。
 住宅街にある四角い小さな一軒家がわが家だ。星全体で格差が少なく、同級生たちは大体似たような家に住んでいる。

「ただいまぁ」
「お帰りなさい」
 ママが玄関に顔を出す。
 わたしの後ろに立っていたレイターが頭を下げた。
「初めまして、レイター・フェニックスです」

 声がおちゃらけていない。
「あら、あなた。本物の方がかっこいいわね」
 ママがにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
 いつものレイターとも『よそいきレイター』とも違う。
「ティリー、パパは出掛けてるわ。夕飯には戻ってくると思うけれど」
 レイターと顔を合わせたくなくて外出したに違いない。早いところパパを攻略してのんびり過ごしたかったのに。 

「わたしの部屋はここよ」
 と自室のドアを開けた瞬間、エースの視線が突き刺さった。

 『無敗の貴公子』の等身大ムービングポスターがわたしを迎える。アンタレスを離れた時のままだ。エース命と書かれた推しグッズの数々が整然とわたしの帰りを待っていた。
「すげぇ部屋だな」
 レイターのあきれた声に慌ててドアを閉めた。
「えっと、リビングで地元のレースチャンネルでも見よっか」

 我が家のリビングには半球壁面モニターが格納されている。床から天井まで広げるとフェニックス号の4Dシステムほどではないけれど、没入感はある。ソファーに二人で並んで座った。レースチャンネルに合わせると懐かしさがこみ上げた。
「いつも、こうやってS1レースを観てたの」
「あんた、楽しそうだな」
 リビングとつながっているキッチンからママが顔をのぞかせた。
「ティリーが騒がしくて大変だったのよね」
「しょうがないじゃない」
 ここで推しを応援していたのだ。
「ふぅ~ん」

 レイターが横目でわたしを見た。何に騒いでいたのかわかっている顔だ。今更隠すことでもないけれど。
 アンタレス近くのマイナーなコースで学生選手権が開催されていた。
「ふむ、この小惑星の配列は、追い抜くのにテクがいるな。荒れるぞ」

 宇宙船お宅の細かい解説を聞いていると自然と口元が緩んでしまう。うちにレイターがいて一緒に宇宙船レースを観てるなんて、新鮮だ。

 学生たちのレースはレイターの言う通り、激突、故障、棄権が相次ぎ、目が離せない展開だった。S1とは違う荒削りなレースを楽しんでいるうちに、気が付くと夕方になっていた。

 懐かしい匂いが漂ってきた。ママのスープの香りだ。
 と、玄関のドアが開く音がした。最大の難関が帰宅した。
「パパ、お帰り」
 明るく出迎える。
「おお、ティリー、帰ってきたか」
 機嫌が良さそうなのは一瞬だった。
「お邪魔してます」
 レイターが会釈すると、空気が急速冷凍された。
「フン、本当に邪魔だ。帰ってくるのはティリーだけでよかったのに」

「ティリー、ちょっと手伝って」
 とキッチンのママに呼ばれる。レイターもわたしの後についてきた。
「俺、手伝います」
「あら、お客さんはソファーに座ってて」
 ママは丁寧に断ったのだけど、レイターがついて来た理由はよくわかる。パパと二人でリビングに座っているのは拷問だ。
「ママ、レイターに手伝ってもらったら楽よ」
「そう? じゃあ、申し訳ないけれど、そのドレッシングをかき混ぜてほしいの」
「任せてください」

 レイターの手慣れた様子にママが目を見張った。
「ティリーよりよっぽどお上手ね」
「だって、レイターは調理師免許持ってるのよ。フェニックス号にはうちと同じ火のコンロがあるんだから」

「便利で理想的な彼氏さんだこと。うらやましいわ」
 レイターのよさがパパにもわかってもらえるといいのだけれど。

 夕食の席で、パパの前に座ったレイターは静かだ。ここは、わたしにとってホームでもレイターにとってはアウェーだ。
「このドレッシング、レイターが手伝ってくれたのよ」
 とにかく、レイターの長所をアピールしなくては。料理が上手、操縦が上手、スポーツ万能……。違う、もっと内面の良さを伝えなくちゃ、と考えて思考が止まる。女好きでだらしなくて、お金にがめつい、欠点ばかり次々と浮かんできた。

「今期もお前のところの業績はいいようだな」
 パパは仕事の話を切り出した。
「宇宙船需要は拡大してるし、エースが社長になって社内の雰囲気も若返ってるのよ」
「ティリーはちゃんと会社に貢献できているのか?」
「もちろんよ。もう、後輩に指導だってしてるんだから」
「ほう、営業成績はどうなんだ?」
「どう、って普通だけど」
「数字で説明してみてくれ」
 恋愛の話には持っていかせないぞ、という強い意思を感じる。  

 仕事の話が終わると、パパは自分が大好きな政治談義を始めた。
「連邦評議会にも困ったもんだ。統治する能力が弱っとる。連邦軍への軍事費の増額が簡単に決まるのはおかしいじゃないか。君は、そうは思わんかね?」

 初めてレイターに話を振った。
 パパのことだ、レイターを試しているに違いない。昔から、わたしのボーイフレンドが家に来るとわざと難しい話をする。

「アリオロンの好戦派が権力持ったから、しょうがねぇんじゃねぇの」
 さらりと答えたレイターにパパが意外だという顔をした。パパはレイターがハイスクール中退の飛ばし屋と聞いて、侮っていたに違いない。偏見だしレイターに失礼だ。

「文民統制がちゃんととれるのか心配なんだ。軍部が暴走したらどうする」
「戦争やりたがってんのは、現場知らねぇお偉いさん方だろ」
「そうか、君は将軍家とつながりがあるんだったな。一体、どういう関係なんだ?」 
 ドキリとした。パパには言えないけれど、レイターは将軍家直属の特命諜報部員なのだ。 

「将軍家の慈善事業で親のいねぇ俺の後見人になってくれたんだ」
 レイターはさらりと答えた。
「君から見て、世襲制の将軍が正しく軍を掌握できていると思うかね」
「知らねぇけど、軍が暴走して戦線拡大したって話は聞いたことがねぇよ」
「ふん、常識程度は勉強してるようだな」
「俺、お偉いさんの警護もバイトしてっから」
 新聞読んでるだけの政治好きのパパより、レイターは裏も表もよっぽど世の中の状況を把握している。
「そんなだらしない態度でか」
 人は見た目で判断する。特にパパは身だしなみにうるさい。フォローをいれなくては。

「レイターはね、皇宮警備にもいたのよ」

「まあ、すごいわね。ドラマで見たわよ」
 ママの称賛の声。ナイスアシストだ。
 皇宮警備は規律も厳しいし、真面目で優秀な人しか選抜されない。少しは見直してくれるんじゃないだろうか。
「ほら、パパも知ってるでしょ、王族とか警護する」

 パパの声は冷たかった。
「連邦軍の組織じゃないか。君は今も軍と関りがあるのかね?」
「予備役登録してる」
「戦地で人を殺すことがあるかもしれないということだ」
 地雷を踏んでしまった。逆効果だった。

 パパの話は進むにつれて連邦軍批判を強めた。
「大体、軍隊という組織がおかしいんだ。人殺しの集団だぞ」
 レイターは黙って聞いている。実はレイターが現役の軍人だなんて知ったら、大変なことになりそうだ。

「このアンタレス星系を見てみたまえ、独自の軍隊なんてなくてもきちんと機能している。なのに連邦軍が駐留しているのはまったくおかしな話だ。我々はアリオロンとの戦争と何の関係もないのに、負担だけ強いられて、いい迷惑だ」
「何の関係もない、ってことはねぇよ」
「どういう意味だ」
「戦争の余波は銀河中に広がっている。この星だってのがれられねぇ」
「そんなことはない。あるとすればそれは連邦に加盟したためだ」
「連邦に加盟しなきゃ、アリオロン同盟に攻められて今頃戦地になってただろうな。アンタレスの技術は敵さんも欲しがってる」
 レイターの答えの方が正しい気がして、わたしは口を挟んだ。
「そうよ、永世中立星のラールシータに出張で行ったけれど、重力制御技術が欲しい連邦と同盟の綱引きに巻き込まれてたわ」

 パパは不満げな顔でわたしを見た。レイターの肩を持ったことが気に入らないみたいだ。
「ティリー、お前は戦争に反対じゃないのか?」
「反対に決まってるじゃない」
「そもそも軍隊がなければ戦争もないのに、連邦へ加盟したせいでおかしなことになっとるんだ」
 レイターはもう何も言わなかった。

 ママはレイターに「家に泊まっていけば」と提案してくれた。でも、パパは「絶対に駄目だ」といって譲らず、レイターはフェニックス号へ戻ることになった。きょうのところは攻略失敗だ。

 レイターを送って家の外へ出る。夜の九時を回っているけれど外はソラ系の夕方程度に明るい。
 小さく緑色に輝く恒星アンタレスBが昇りかけていた。緑夜だ。

「わたしたち、願い事はBの神様にするのよ」
 指を組むと、目を閉じてアンタレスBに顔を向けた。
「パパが許してくれますように」
 緑の太陽に向けて念を送る。久しぶりにアンタレスへ帰ってきたのだから、叶えてほしい。

 あすの夜にはフェニックス号で帰途に就く。 

「ごめんね、パパの話」
「あん?」
「せっかくの食事時なのに政治の話ばかりで、つまんなかったでしょ」
「そうでもねぇよ。家族の食事って、ジャックとアーサーの夕飯なんて会議室の続きだぜ」

 将軍と将軍補佐の親子が会話している様子を想像して思わず吹き出した。

「おやすみ。明日十時にセントラルパークの噴水広場でね」
「おやすみ」
 パパに気づかれないように軽くキスをして別れた。

 翌日、気持ちのいい紫色の空が広がっていた。懐かしい故郷の空。見上げながら伸びをする。アンタレスAが赤く輝き、暑くも寒くもないデート日和だ。

 家から歩いてすぐのセントラルパークは、緑があふれる広い公園で散歩に持ってこいだ。子どもの頃からよく出かけた。休日には出店も並ぶ。

 わたし含めアンタレス人は真面目だ。約束の時間に遅れることはありえない。待ち合わせの五分前に噴水広場に到着した。レイターは仕事以外は割と適当だ。
 と思ったら、彼はすでに屋台でポップコーンを買っていた。急いで近づく。お店の人と談笑していた。
「太陽飴はどこで買えばいい?」

「噴水の向こうにおいしい店が出ているよ」
「サンキュ」
 太陽飴はアンタレスの名物菓子だ。

「おはよ、レイター、太陽飴を買うの?」 
「ああ、アーサーが食べてぇんだとさ」
「それならちゃんとしたお店で買えばいいのに」
 太陽飴はピンからキリまで色々な種類がある。お土産なら高級な箱詰め商品が店舗で売っている。
「いいんだよ、あいつに気を使う必要ねぇから」

 レイターはポップコーンを高く投げて器用に口でキャッチしながら、屋台の飴屋の前に立った。
 子どもの頃は親にねだってよく買ってもらったものだ。背が伸びたから並んだ飴を上から見るのがちょっと新鮮。真っ赤で大きなビー玉のような太陽飴は直径が二センチぐらいある。飴を一周するラインの色ごとにトレイに並んでいた。
 
「ポップコーン屋から聞いてきたんだけどさ。グレープ味の太陽飴が欲しいんだ」
「はいよ、紫のラインがグレープ味だよ。プレーンもお勧めだよ」
 プレーンはラインが入っていない。
「ティリーさんは、何味がいい?」
「じゃあ、サイダー味」

 水色ラインのサイダー味は子どもの頃から大好きだ。
「サイダー味とグレープ味とプレーンを二つずつ」
 屋台の太陽飴はばら売りだ。おばさんが景気よく紙袋に詰めてくれる。
「はい、どうぞ」

 鐘の音が響き始めた。十時だ。
 広場の噴水が一列に並んで吹き上がった。きれいな音色に合わせて水の高さが変化する。波のようだ。小さな子供たちが手を伸ばして歓声をあげる。涼しい風が吹いてきた。

 ベンチに腰掛ける。
 のんびりしている。ソラ系とは時間の流れが違う。デートみたいだ。いや、実際デートなのだけど。
 隣に座るレイターがポップコーンをパラパラと地面に投げた。鳩が何匹かが寄ってくるのをぼんやりと見る。 
「こいつら、旨そうだな。捕まえて夕飯にするか」
 ムードが一気に崩れる。
「は? やめてよ。アンタレスでは鳩は食べません」
「栄養価も高くて、いい値で売れるんだぜ」
「ソラ系と一緒で、ハトは平和の象徴なんだから」
「平和ねぇ。こいつらみたいに簡単に餌付けできりゃいいんだけどな」
 鳩たちは一心不乱にポップコーンをついばんでいた。 
 
 水色のラインが入った太陽飴がわたしの目の前に差し出された。
「ほれ、餌付けだ」
 餌付け、という言葉は気に入らないけれど、レイターの料理につられている自分がいることは確かだ。
「ありがと」
 サイダー味の刺激が口の中でシュワシュワと広がる。スッとするこのジャンクな感じ。子どもの頃から変わってない。あの頃は大きな飴で口がいっぱいになったけれど、今はしゃべるのにちょっと苦労する程度だ。
 ソラ系の洗練されたお菓子とは違う。でも、これはこれでやっぱりおいしい。

 口の中の飴が溶けかけたところで、気になっていたことをレイターの耳元で聞いた。
「仕事ってどうなってるの?」
 レイターに課せられたアンタレスでの特命諜報部の任務。具体的な内容を聞くわけにはいかないけれど、予定は把握しておきたい。
「あん? ああ、あれはもう終わった」
 あっさりとした答えだった。
「終わったんだ」
 肩の力が抜けた。子どもの使い、と言っていた通り簡単な任務だったということだ。そもそもアンタレスは平和な星系だ。

 レイターが伸びをしながら言った。
「銃で狙われる恐れがねぇってのは、やっぱ、いいよな。警戒する距離感が違う」
 実感がこもっている。いっそアンタレスで暮らすのはどう? と言おうとして恥ずかしくなった。そんなことを口にしたら、結婚しようと言っているみたいに聞こえそうだ。

 広い公園を二人で並んで散歩する。
 レイターと手をつなぎたい。ソラ系にいる時、レイターは手をふさがれることを嫌う。不測の事態に備えるためだ。でも、ここは安全な星だ。勇気を出してそっと指を絡める。拒否されたら笑おう。
 触れたところから熱が伝わる。
 手のひらが温かさに包まれた。大きな手がわたしの手をぐっと握った。つながる感覚が心臓を揺らし、頬が熱くなる。目の奥が震えてレイターの顔を見ることができない。

 わたしったら、子どもじゃないんだから。自宅やフェニックス号では恋人らしくレイターに触れているというのに。
 言語化できない新鮮な安心感。
 風に揺れる花が蛍光色に塗り替わったように見える。故郷の澄んだ空気を吸いながら、ただ歩いた。

 さあ、二人きりの時間は終わりだ。時計台の前に到着した。予定通りにママがパパを連れて公園へやってきた。

 レイターが繋いでいた手をすっと離した。
第三話へ続く

いいなと思ったら応援しよう!

48ノ月(ヨハノツキ) ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

この記事が参加している募集