銀河フェニックス物語 父の出張 第三話【創作大賞2025】
「レイターさん、アンタレスはどうかしら?」
ママがたずねる。
「いいところですね。こんなにのんびりしたのは久しぶりです」
何だろう。まただ。いつものレイターと違う。『よそいき』でもない。かと言って演技をしている感じでもない。
「田舎だと馬鹿にしとるんだろ」
パパが突っかかる。
「パパ、被害妄想はやめてちょうだい」
「そういうティリーは、田舎が嫌でここを出ていったんだろうが」
「アンタレスの良さは、ソラ系に出たからわかるのよ」
「ほう、そうか。良さがわかったなら、早く戻ってこい」
「仕事を辞めろって言うの? パパは途中で投げ出すことが正しいっていうわけ?」

自分で自分を止められない。わたしとパパが喧嘩しては元も子もない。わかっているのに反論してしまう。さっきまでの満たされた気分は、どこかへ飛んで行ってしまった。
「さあさあ、お昼を食べに行きましょう。中心街へ出ましょっか」
ママがやんわりと提案した。我が家のお決まりのパターンだ。とにかく落ち着こう。
この後のランチで何とかレイターを認めてもらう。というのが、わたしとママで考えたシナリオだ。
公園内の真ん中を横切る道路にタクシー乗り場が設置されている。
ソラ系で目にするタクシードライバーはアンタレスにはいない。中央で集中制御された無人のエアタクシーはレーン上を浮揚し次々とやってくる。技術立国アンタレスでは当たり前の風景。待たされることはほとんどない。
「タクシーに乗ったら、俺がマニュアルで運転してやるよ。中央制御っつうのはどうも信用ならねぇ」
とレイターが提案した。この人は宇宙船だろうと何だろうと自分で操縦しないと気が済まない。
「その必要はない。お前の運転する車なんぞ危なくて乗れるか」
パパはS1でレイターが見せた、死と隣り合わせの危険な操縦を頭に浮かべたのだろう。機体が崩壊するほどの加速。

「普段はレイターだって安全操縦なのよ。『銀河一の操縦士』なんだから。小惑星帯で飛ばしたって絶対、事故らないし」
「フン。いずれにしてもきっちりと中央制御されとるんだ、下手にさわることはない!」
「へいへい」
レイターが肩をすくめた。
パパがタクシー乗り場の一番前に立って軽く手を挙げた。
あれ? 何だかエアタクシーの様子が変。近くまで来たのにスピードが落ちない。
「回送車かしら?」
「違う!」
レイターの声と同時にエアタクシーが車道レーンからはずれた。そのまま車両はわたしたちが立っている乗り場へ猛スピードで向かってきた。
暴走車両だ。
ぐいっ、とレイターがパパを引っ張り、自分が盾になるようエアタクシーの前に飛び出した。

ぶ、ぶつかる。
ダンッ。
身体を斜めに傾けながらレイターが車両の前方右角を蹴り上げた。
エアタクシーは軌道がそれ、そのまま上昇していく。完全に中央制御が切れ予備噴射が作動している。
レイターが飛び上がってバンパー部分にぶら下がった。彼の重みをものともせずエアタクシーは浮上し、高度二十メートルぐらいの地点で上下左右に揺れながら旋回し始めた。暴れ馬がレイターを振り落とそうとしているかのようだ。エアタクシーが公園に落ちたら大惨事だ。わたしたちの周りはパニックになった。
こんなところで『厄病神』を発動させないで。
レイターが車体にしがみつき、足を引っかけてよじ登って行く。運転席のガラスをたたき割り、中に乗り込んだ。マニュアル操縦しようとしている。
腕の通信機が鳴った。
「ティリーさん、すぐ脇の芝生広場から人を避難させてくれ」
「わかったわ」
芝生広場ではボール遊びをしていた子どもたちが、上空のエアカーを指差して騒いでいた。
「ここから離れて、広場の外へ出て! パパ、ママ手伝って!」

幼い子どもたちの手を引き、広場から引き離す。
「レイター君、大丈夫かしら?」
ママが見上げて不安そうにつぶやいた。あの高さから落ちたら、いくら不死身でも助からない。
「大丈夫、彼は銀河一の操縦士なんだから」
とは言ったものの、緊張で腕が振るえる。エアタクシーは広場の上空でふらふらと不安定な動きを続けている。マニュアル操縦への切り替え装置が壊れているに違いない。
エアタクシーの噴射音が消えた。
と同時に落下し始めた。重力に引っ張られ、金属の塊が落ちてくる。
アンタレスの重力加速度は1G。計算が得意なわたしの頭に計算値が勝手に浮かぶ。地上到達までの時間は2秒。
「レイター!!」
地面とぶつかるその直前。
ボワッツ。
噴射口から火が出た。ぐいっと機首が持ち上がる。逆噴射で速度が落ちた車両は、最後の最後、ふんわりと音もなく芝生に着地した。
考えるより先に足が走り出していた。
エアタクシーのドアが開く。
「ったく、手こずらせやがって」
軽く首を振りながら、姿を見せた彼氏はいつもと変わらず飄々としていた。
「レイター!」
そのままわたしはレイターの胸に飛び込んだ。

銀河一の操縦士の腕は信じている。けれどそれでも怖かった。この人はいつも無茶なことをする。
「ティリーさん、ケガはねぇか?」
「大丈夫よ」
「よかった。ケガでもしたら親父さんに殺されちまうところだ」
オホン。背後から咳払いが聞こえた。
パパだ。レイターが自然にわたしの体から身を離した。
「一応、礼を言っておく」
「一応だなんて駄目ですよパパ。ちゃんとお礼しなくちゃ。ありがとうレイターくん」
ママが頭を下げた。
「ほんとに、あなたってすごいのね」
「い、いえ」
珍しいことに普段は自信家の彼が謙遜している。
レイターのシャツに血が付いていた。
「レイター、怪我したの?」
「あん? ガラス割ったときにちょっと手ぇ切ったみてぇだな」
そう言いながらレイターは右手の甲をなめた。
「駄目ですよ、ちゃんと手当てしなくちゃ」

ママが白いハンカチを取り出しレイターの手にあてた。女性の扱いが得意なレイターがされるがままに固まっている。こんな彼を見たことがない。レイターは、実はパパよりママのほうが苦手なんじゃないだろうか。
*
地元警察がやってきた。わたしたちは事故の被害者として公園の事務所で話を聞かれた。
刑事さんによると、タクシー会社の中央コントロールソフトの不具合で暴走したとのことだった。
「感謝状はいらねぇけど、謝礼金ならいくらでも受け取るぜ」
と、いつもの軽い調子のレイターをパパは口を固く結んで見ていた。態度の悪さに文句を付けたいけれど、命の恩人に切り出せないでいる、といったところだ。
駆け付けた救急隊はレイターの右手に止血シートを張って帰って行った。
タクシー会社の役員が頭を下げながら姿を見せ、レイターに見舞金を支払ってくれることになった。
「へへ、大した傷じゃねぇのに、儲かっちゃったぜ」
と機嫌をよくしていた。この人はお金にがめつい。彼のこういうところは好きじゃない。けど、今日は黙認する。
警察による聴取やその他の手続きを終えると、もうお店のランチタイムは過ぎていた。タクシー会社の役員は恐縮しながら私たちに声をかけた。
「お食事をご用意させていただきました。ごゆっくりどうぞ」
公園事務所の応接室に、朱色の重箱が四つ置かれていた。中心街のレストランへ出かける予定が随分変わってしまった。
「レイターってほんと疫病神なのよね」
ぼやかずにはいられない。

「いやいや、俺のおかげで昼飯代がタダだし、ロケーションも最高だぜ」
とウインクが返ってきた。
広い窓から緑のセントラルパークが一望できた。絵葉書になりそうな絶景。どうやら貴賓室として使われる部屋の様だ。
重箱には指紋を付けるのがためらわれるほど曇りのない塗りが施されていた。格式が高い器だ。緊張しながらふたを開ける。
「きれい」
思わず声が出る。アンタレスの伝統料理が色鮮やかに盛り付けられていた。家庭料理とは違う太陽神に捧げる料理。ハレの日にいただくものだ。アンタレスの二重星を模した野菜が美しい。下の段には俵型に握ったアンタレス米の炊き込みご飯がきれいに並んでいる。
「ほぉ、この飾り切り、今度やってみっか」
食に興味が深いレイターが感心している。揚げ物の下に敷かれた懐紙にはわたしでも知っている有名な老舗料理店のロゴが透かしで入っていた。
薄味だけれど、素材の味がしっかり伝わる。繊細なプロの技。予定していたランチの予算より、このお弁当の方が高額なんじゃないだろうか。
ここで何とかパパの機嫌を取りたいのだけれど。
パパは折角の料理を苦虫を嚙み潰したような顔で食べていた。
「中央制御システムに不具合があるなんて、全くたるんどる」
「でも、よかったじゃないですか。レイター君のおかげでみんな助かったんだから、感謝しなくちゃですよ」
ママがとりなす。
「感謝はしとる。操縦の腕がいいこともわかった。だが、それだけだ」
取り付く島もない。
レイターはパパのことは我関せずという態度で食べ続けている。
「昨日も思ったけど、うめぇな、アンタレス料理は」

「そうでしょ。普段食べる家庭料理もいいけれど、この伝統料理も一つずつ意味があってね、この煮物は大願成就で、こっちのピクルスは食べれば無病息災って言い伝えがあるのよ」
パパとママに教わったアンタレスの食文化をレイターに伝える。
「へえ、面白れぇ。もっと早く教えてくれればよかったのに」
「何言ってるのよ、この間、折角アンタレス料理を予約したのに、レイターがドタキャンしたんじゃないの」
「っていうか、俺としては、ティリーさんの手料理でいいんだけどな」
「……」
アンタレス料理を自分で作ったことはない。返答に困る。
ママがにっこり笑った。
「ティリーにレシピを伝えておきますね」
わたしが作るより、そのレシピを見てレイターが作ったほうがおいしいに決まっている。
アンタレス料理の話題でママとはひとしきり盛り上がったけれど、パパは一言も口をきかなかった。
*
公園事務所から外へ出るとアンタレスAは傾きかけていた。暑さのピークを過ぎて気持ちのいい時間帯だ。午前中の騒ぎが嘘のように落ち着いている。
スパーン。スパーン。
懐かしい。テニスボールの飛び交う音。学生時代、この事務所の隣のテニスコートでよく練習をした。
「ティリー!」
わたしを呼ぶ男性の声に思わず足が止まる。聞き慣れた声にパパとママも振り返った。
テニスコートにラケットを手にした彼が笑顔で立っていた。

「ア、アンドレ?」
毎日会っていた頃より彼の背は高くなっていた。整った顔立ちはそのままで、精悍な男性に成長している。
「あん?」
レイターがわたしに視線を投げかけた。
どう説明をしようか考えている間に、ママがフェンスの向こうに手を振った。
「あら、アンドレ君」
「あ、お母さん、お父さんもご一緒でしたか。ご無沙汰しています」
コートの出入口からスコート姿の女性たちが飛び出してきた。
「ティリー!」
先頭は女子部のキャプテンだったリオだ。面倒見のいい明るい声。変わってない。

「やだ、ティリー、帰ってきてるなら連絡してよ」
学生時代のテニス仲間たちだった。みんなテニスを続けていたんだ。健康そうに日焼けしている。わたしはリオと肩を抱き合った。
「リオ、元気だった?」
「それはこっちのセリフよ。ティリーったら、めったに帰ってこないんだから」
「あら、こちらは?」
リオが隣のレイターを見た。
「もしかしてティリーの彼氏?」
「う、うん」
うなずいた瞬間、フェンスの向こうのアンドレがこちらを見た気がした。
「どうもぉ、銀河一の操縦士レイター・フェニックスです」
レイターがいつも女性にするようにリオの手をうれしそうに握った。

「いやあ、こんなに素敵な女性のみなさんがティリーさんの知り合いとは。もっと早く教えてくれよ」
次々と握手をしていく様子にみんなが噴き出した。まったく、このお調子者ったら。
リオがレイターの顔をまじまじと見つめる。
「この人S1レーサーで、エースのライバルじゃないの?」
「ちっち、ライバルでも何でもねぇよ。俺のがいい男だ」
また、みんなが笑った。見慣れた普段通りのレイターだ。
背後からパパの不機嫌そうなつぶやきが聞こえた。
「あいつは、女性相手に何をおちゃらけとるんだ」
「楽しそうですよ。きっとどこでも人気者なのね」
ママのフォローに感謝する。
リオがわたしの手を取って誘った。
「ねえ、ティリー。ちょっとだけテニスやろうよ。クラブハウスで一式レンタルできるから。彼氏も一緒にどう?」
「えっと……」

久しぶりにみんなと遊びたい気持ちが湧きあがる。けれど、きょうはパパにレイターを彼氏として認めさせる、というミッションがある。
迷えるわたしの背中をレイターが押した。
「ティリーさん、あんた久々にテニスやりたいんだろ。別に予定もねぇし、やったらいいんじゃねぇの。運動不足を解消したほうがいいぜ」
「レイターもやるでしょ?」
「俺はテニスは好きじゃねぇから、そこで見てるさ」
とレイターはコート脇のベンチへと向かった。珍しい。運動神経抜群の彼のことだ、テニスぐらいできてもおかしくないのに。
振り向いてパパとママの様子をうかがう。
「私たちも構わないわよ、ねえお父さん。久しぶりにティリーのテニスを見ましょうよ」
「じゃあ、決まりね。ティリー、借りま~す」
リオがわたしの手を引いた。
「ちょっとだけ、行って来るね」
とレイターに手を振った。
クラブハウスに入ると目の前のリオが興奮している。
「ティリー、ちゃんと説明してよ。推しのエースの会社に就職するからってアンドレと別れたんじゃないの?」
「う、うん。そうだったわね」
「で、どうしてエースのライバルと付き合ってるわけ?」

「それはいろいろとあって、一言じゃ説明できないわよ」
「彼氏と元彼が遭遇するなんて、普通は修羅場だよぉ」
「関係ないわよ。アンドレとは終わってるんだから」
と口にしてチクリと胸が痛んだ。
彼氏だったアンドレに何の相談もせずにソラ系へ出ていくことを決めた。当時は自分のことで精いっぱいで、そのことが彼を傷つけていたことにわたしは気が付かなかった。社会人になって同級生のキャロルから聞いて初めて知った。
だからと言って、笑顔で送り出してくれたアンドレに今更謝るのも失礼な気がする。
「ふぅ~ん。じゃあ問題ないか」
リオは学生時代から変わらない。アンドレと付き合うことになった時も根掘り葉掘り聞かれたことを思い出した。
第四話へ続く
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」
レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」
ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」
レイター「なんか、すげぇな……」